おやぢの部屋2
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ORFF/Carmina Burana
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Patricia Petibon(Sop), Hans-Werner Bunz(Ten)
Christian Gerhaher(Bar)
Daniel Harding/
Tölzer Knabenchor
Symphonieorchester und Chor des Bayerischen Rundfunks
DG/00289 477 8778




DGの「カルミナ・ブラーナ」と言えば、ヨッフムの2種類の録音、バイエルン放送交響楽団との1950年代のモノラル盤と、1967年のベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団とのステレオ盤が有名ですね。それ以来、このレーベルからは数々の「カルミナ」がリリースされて来ましたが、ごく最近のものは1998年のティーレマン盤ということになるのでしょう。これも、オーケストラはベルリン・ドイツ・オペラ管でしたね。今回は、それから10年以上経った2010年4月に、かつてのヨッフムの手兵バイエルン放送響を、ハーディングが指揮したという、ミュンヘンのガスタイク・ホールでのコンサートのライブ録音です。
しかし、今回特徴的なのは、これがDG独自のプロダクションではなく、「BR KLASSIK」との共同制作だということではないでしょうか。いや、実際に録音に携わったのは「BR」、つまりバイエルン放送局のスタッフですから、DGとしては単なる「名義貸し」といった趣でしょうね。これは、かつてのDGでは考えられなかったこと、いや、このレーベルに限らず、レーベルがそれぞれに独自ポリシーをその録音に込めていたという時代は、とっくに終わっていたことにいまさらながら気付かされます。この「カルミナ」だって、そこから「DGらしい」音を感じ取ることなどはもはや不可能です。
そんな、幾分おとなし目な、なんの誇張もない音の中から聴こえてきたのは、かなり丁寧に仕上げられた合唱とオーケストラの姿でした。このバイエルン放送合唱団、芸術監督はダイクストラのはずですが、なぜか「合唱指揮」のクレジットがロベルト・ブランクという人になっているのが気になります。それはともかく、時として羽目をはずして暴走することすら許されているこの曲で、この合唱団はいとも淡々と自分たちの仕事を誠実にこなしている、という印象を受けます。非常に美しい合唱ではあるのですが、どこか醒めていて熱いものがほとんどないというのは、いかにも「現代的」な姿に思えてしまいます。児童合唱のパートのテルツ少年合唱団も、なんとも大人びた声で「無垢」というよりは「とりすました」ふうに聴こえてくるのがちょっと不思議というかブキミ。この合唱団は、昔はこんな歌い方はしていなかったはずですが、こちらも合唱指揮者に今までのシュミット・ガーデンと一緒にラルフ・ルーデヴィヒという人の名前があるせいなのでしょうか。
オーケストラも、がむしゃらに突き進む、というありがちな様相は全く見せることはなく、ひたすら細部を磨き上げるというところに腐心しているように思えてしまいます。例えば、「Tanz」とか「Chume, chume geselle min」でフルートソロが全く同じフレーズを繰り返すときには、必ず2度目のダイナミックスをワンランク落とす、という、楽譜にはない配慮です。ここまでやられると、ただの「小細工」にしか聴こえないのは、この曲では他にもっとやることがあるのでは、という思いからでしょうか。
しかし、そこにバリトン・ソロのゲルハーエルが入ると、その場の空気がガラリと変わってしまいます。なんという弾けたパフォーマンスなのでしょう。彼は以前ラトル盤でも歌っていましたが、今回はその時以上のはしゃぎよう、その「芸」にはますます磨きがかかってきています。もちろん、それはそれで聴くものを惹きつける魅力は満載なのですが、それまでのハーディングの「芸風」とのあまりの落差には、戸惑ってしまう人もいることでしょう。もっとも、そんなミスマッチを作り出すのが、今回のハーディングの仕掛けだったのかもしれませんがね。
プティボンのソプラノは、かなりの期待はずれでした。始めの頃こそ清楚な味わいが出ているな、と思っていたのに、だんだん力が入ってきて、「Dulcissime」のハイDなどは悲惨そのもの、彼女がこの曲を歌う旬は、とっくに過ぎています(シュンとしないでね)。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2010-08-27 20:21 | 合唱 | Comments(0)