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バッハ=魂のエヴァンゲリスト
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磯山雅著
講談社刊(講談社学術文庫)
ISBN978-4-06-291991-3


1985年に東京書籍から刊行された名著、磯山雅さんの「魂のエヴァンゲリスト」が、文庫本となりました。今でこそ磯山さんはバッハ研究の第一人者となっていますが、この本を書かれた頃はまだそのような意識はご本人にもなかったことを初めて知って、ちょっと驚いているところです。というか、この本を書いたことで、その後の研究の道がかなり変わったようなところもあったのだとか。なにがきっかけになるか分からないことが、世の中にはたくさんあるのですね。
なんせ25年も前の本ですから、その間のバッハ研究の進展を考えると、そのまま文庫化したのではほとんど意味がなくなってしまうような部分も出てきかねません。そこで、磯山さんは、今回大幅な加筆を行っています。もちろん、そのままの部分もあえて残していたりしますから、そのあたりの修正の跡をたどったりするのも、読者にとっては一つの興味の対象ですね。そうすると、この25年の間にバッハに関していかに多くのことが分かったかを知ることが出来るはずです。しかもそれらはいまだに進行中のものもあるのですから、この「巨人」の業績はとてつもなく大きなものであることが、いまさらながら認識できます。
そんな読み方はまるでバッハの自筆稿の研究みたい。でも、「ロ短調」で、後にエマニュエルなどが加筆した部分を取り除いて、バッハ自身が書いた部分だけを抽出する、という作業が、たとえば使われているインクを分析するなどといった「科学的」な手法を用いて行われているそうですが、こちらはちゃんと元の本がありますから、そんな面倒くさいことは必要ありません。
そんな、たとえば「ロ短調」を作っているときのバッハの様子などを、まるで見てきたように生々しく描いているのが、この本の最大の魅力ではないでしょうか。基本的にこれはバッハの評伝なのですが、単に生涯をなぞるだけではなく、その時々の作品を通して、彼がどのような姿勢で音楽に向かっていたかを浮き彫りにする、という手法が秀逸です。ただ、そこで特に詳しく扱われている作品は、必ずしも誰もが知っているというものではありませんから、単に説明を読んだだけではなかなか伝わらないものがあるかもしれません。そんなときに、実際に音を聴きながら読むという、今ではよく使われるやり方を併用すれば、さらに著者の情熱は強く感じられることでしょうね。
最後の章では、評伝からはひとまず離れて、20世紀におけるバッハの演奏史についての著者の見解が述べられています。「ロマン主義的演奏の時代」、「新即物主義的修正の時代」、「現代的蘇生の時代」、「オリジナル主義勃興の時代」という4つの時期に分けてそれぞれの時代を代表する演奏家を紹介、それを現代からの視点で検証しています。特に、最近は殆ど使われることのなくなった感のある「新即物主義」という、分かっているようで分からない言葉の意味するところについては、明快な説明が得られます。あくまで「修正」にとどまっていたのですね。
そして、最後の「オリジナル主義」については、あえて1985年の時点での記述には手を入れず、新たに「21世紀に入って」という項目を設けて、2010年の時点での状況を述べています。これこそが、この25年の間というものが、バッハ演奏には限らずすべての面で大きな転換を迎えた時期であることを見事に物語っている部分です。その中で、個別の演奏家に対する評価も微妙に変わってきているあたりが面白いところです。以前は「次代を背負って立つ」とまで持ち上げていたトン・コープマンも、現在では「演奏に出来不出来の激しいことがいかにも惜しまれる」ですからね。
巻末の「楽曲索引」を見て驚きました。この本の中では、バッハのほぼすべての作品について言及されていたのですね。この労作に感謝を込めて「ゲンキュー・ベリマッチ」。

Book Artwork © Kodansha
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by jurassic_oyaji | 2010-10-07 20:10 | 書籍 | Comments(0)