おやぢの部屋2
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CHERUBINI/Requiem in c
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Frieder Bernius/
Kammerchor Stuttgart
Hofkapelle Stuttgart
CARUS/83.227(hybrid SACD)




レクイエムに関しては手当たり次第に紹介しているこのサイトですが、ケルビーノのレクイエムはこれが最初となります。曲自体は有名で、合唱団の演奏会などでも良く取り上げられているのですが、久しくCDSACD)は出ていなかったのでしょう。
ケルビーニは2曲の「レクイエム」を残しています。1816年に作られたこのハ短調の曲と、その20年後、1836年に作られたニ短調の曲です。ニ短調の方は、ケルビーニ自身の葬儀のためにと作られたものですが、合唱に女声が加わらない男声合唱で歌われています。それは、ハ短調の曲を他の人の葬儀で演奏しようとしたときに、「教会で女性が歌ってはならぬ」というお達しがあったためなのだそうです。せっかく作っても、そんな制約のために自分の葬儀で使えないのでは意味がないので、「安全策」を取って、男声だけにしたということですね。もちろん、1842年の彼の葬儀には、この男声版が演奏されたそうぎ
こちらのハ短調の方は、当時から傑作として認められていて、同時代の作曲家はこぞって絶賛しています。あのベートーヴェンもその一人、彼の葬儀のあとで行われた追悼ミサでもこの曲が演奏されたということです。
この曲の特徴は、ソロの歌手は登場せず、合唱だけで歌われているということです。さらに、オーケストラにはフルートが含まれていないため、全体は落ち着いた雰囲気に包まれています。しかし、「Dies irae」から「Lacrimosa」まで続けて演奏される「Sequentia」では、冒頭にトランペットのファンファーレに続いてなぜかドラの一撃が響き渡るという、一瞬のサプライズが設けられています。それはかなり効果的なインパクトを与えてくれますが、それに続くヴァイオリンのパッセージの中には、明らかにモーツァルトの曲からの引用が聞こえるのが、気になります。あの「Lacrimosa」の上昇音型も聞こえますしモーツァルトの曲では「Rex tremendae」の中に含まれる「salva me」という歌詞のフレーズとそっくりのメロディが、同じ歌詞にあてられていますよ。先ほどの「男声合唱版」では、もっとあからさまにモーツァルトが感じられるところもありますし。しかし、これは「盗作」というような次元のものではなく、偉大な先達に対するリスペクト、という風に考えるべきなのでしょうね。
同じようなことを、「後輩」ベートーヴェンが行った、と思われるのが次の「Offertorium」です。実は、この件は、こういう曲を聴くときに常に参考にしている井上太郎さんの労作「レクィエムの歴史」(平凡社刊)で述べられていることなのですが、この楽章の「47小節から76小節まで」は、ベートーヴェンが「第9」の終楽章を作るときに参考にしたのでは、というのです。もちろん、手元に楽譜があるわけはありませんから、楽章の頭から見当を付けて数えてみましたよ。そうしたら、確かに47小節からは楽想が変わっていて、その「ne cadant in obscurum」という歌詞の部分が、「第9」の最後近く(スコアでは「R」)、木管が「ウタタタタタ・ウタタタタタ」と静かに刻んでいる中を、囁くように「Ihr stürzt nieder, Millionen?」と合唱が歌う部分にそっくりでした。もっとも、これは言われなければ分からなかったかもしれませんがね。
ベルニウスは、本来はこの曲には含まれていなかった「Tractus」の楽章を「Graduale」と「Sequentia」の間に挿入しました。この前のチマローザがこの形ですね。ケルビーニが曲を付けてはいなかったので、プレイン・チャントが他のグレゴリアン専門の団体によって歌われています。そのことでも分かるように、いたずらに演奏効果を狙ったりなどしていない、敬虔な演奏が心にしみてきます。ひたすら同じ音を伸ばしている終曲「Communio」のエンディングも感動的です。おそらく、ピリオド楽器による演奏のSACDというのはこれが初めてなのでしょう。弦楽器の柔らかなテクスチャーが、すさんだ気持ちを慰めてくれるよう。

SACD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2010-10-20 19:58 | 合唱 | Comments(0)