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モーツァルトの台本作者 ロレンツォ・ダ・ポンテの生涯
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田之倉稔著
平凡社刊(平凡社新書538)
ISBN978-4-582-85538-8



ロレンツォ・ダ・ポンテという、ドーナツみたいな名前(それは、「ポン・デ・リング」)の人物は、「ダ・ポンテ三部作」みたいなくくられ方で、常にモーツァルトとのワンセットとして語られています。確かに、彼がモーツァルトに提供した3つの台本によって作られたオペラは、今や世界中のオペラハウスでの人気演目として、欠かすことは出来ないものになっています。その結果、ダ・ポンテといえば「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」、「コジ・ファン・トゥッテ」の台本作家として、オペラ・ファンの間で知らないものはいないほどの存在となっているのではないでしょうか。もう少しコアなファンになると、モーツァルトと同時代のマルティーン・イ・ソレルやアントニオ・サリエリのオペラでも台本を書いていた人という認識も付け加えられることでしょうが、決してそれ以上の情報を、オペラ・ファン、あるいはクラシック・ファンが持つことはありませんでした。せいぜい「ダ・ポンテというのは、芸名だ」程度のガセネタが飛び交ったぐらいでしょうか。もちろん、クラシックに縁のない人にとっては、この名前は完璧に「知らない人」のものだったことでしょう。
しかし、今年の春に「ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い」(原題は「Io, Don Giovanni」、「私こそ、ジョン・ジョヴァンニだ」でしょうか)という、ダ・ポンテを主人公とした映画が公開されるに至って、その状況は一変します。この、「アマデウス」の焼き直しのような、決して史実に基づかないディーテイルを持つ映画では、この波瀾万丈の生涯を送った詩人の生い立ちや人となりが、曲がりなりにも「実像」として描かれていたのですからね。さらには、クラシック・ファン以外にもしっかりダ・ポンテという名前が浸透した、という効果も見逃せません。
しかし、今回ご紹介する著作は、そんなある意味「ブーム」に乗ったというような軽薄なものではありませんでした。そもそもは、さる出版者の依頼に応えたもので、ダ・ポンテ自身によって著された自伝に基づき、実際に現地に赴いてリサーチを行うというほどの綿密な手間をかけて書かれたものだったのですが、結局その企画は宙に浮いてしまって出版されることはありませんでした。それが、この映画によってダ・ポンテへの注目度がアップした機会に、陽の目を見た、ということなのですね。出版の経緯からして、なかなか劇的ではありませんか。
著者の田之倉さんは、自伝の内容に関しては懐疑的です。そこで、あくまで客観的な事実によって、彼の全生涯を詳細に語ろうとしてくれています。さらに、自伝で事実とは異なることを述べている部分についても、そこからダ・ポンテの人間性を明らかにしようとしていますが、そのあたりがとても面白く読めますね。なぜ、重要なことを語っていないのか、なぜ、ありもしないことを述べているのか、そんな検証からは、まさに「人間」ダ・ポンテの素顔をうかがい知ることが出来ることでしょう。
もちろん、我々にとって最も興味があるであろう、モーツァルトとの出会いについては、とても詳細に描写されています。事実を知ってしまうと今まで抱いていたイメージが崩れてしまう向きもあるかもしれませんが、やはり事実は事実として受け入れることは必要です。ただ、「ドン・ジョヴァンニ」の台本については、実際にそれ以前に同じテーマでオペラを作っていたガッツァニーガと、台本を書いたベルターティの名前まで揚げておきながら、「剽窃は言い過ぎ」という甘い裁定を下しているのは、ちょっと納得のいかないところですがね。
いずれにしても、今まで全く知らなかった「ウィーン以後」のダ・ポンテの様子をこれほどまでに詳細に伝えてくれているこの労作は、大変貴重なものです。

Book Artwork © Heibonsha
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by jurassic_oyaji | 2010-10-22 21:58 | 書籍 | Comments(0)