おやぢの部屋2
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WITT/Symphonies, Flute Concerto
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Patrick Gallois(Fl, Cond)
Sinfonia Finlandia Jyväskylä
NAXOS/8.572089




今回初めて登場したフリードリッヒ・ヴィットという作曲家は、生まれが1770年と、あのベートーヴェンと同じです。彼とベートーヴェンとのつながりは実はそれだけではありません。彼が作った曲がかつては「ベートーヴェンの作品」として世の中に広まっていた、ということがあったのですよ。
ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、1909年にフリッツ・シュタインという人がイェーナ大学の資料の中から、「ベートーヴェンの交響曲」という書き込みの入ったパート譜を発見したために、それが「ベートーヴェンの若い頃の作品」ということで出版(1911年/ブライトコプフ)までされてしまったのです。なんでも、ベートーヴェン自身がハイドンの交響曲第97番をモデルにして、ハ長調の交響曲を作ろうとしていたことがあったそうで、確かにこの曲にはそのハイドンの曲との類似点が認められたことも、ベートーヴェンの作品であることの裏付けとなっていました。この曲は長いこと「ベートーヴェンのイェーナ交響曲」という愛称で知られていたのです。フランツ・コンヴィチュニーなどという大指揮者も、そのつもりで録音もしていましたね。
しかし、1957年に、有名なベートーヴェン学者のロビンス・ランドンが、別の場所ではっきりヴィットの作品であることが確認できるような、この曲の別の写本を発見したために、「イェーナ交響曲」はもうベートーヴェンの作品と呼ばなくてもいぇーな、ということになってしまいました。ということで、このように晴れてヴィットの作品集のアルバムに収録できるようになったのですね。
ヴィットは10代の終わりごろにエッティンゲン・ヴァラーシュタインの宮廷楽団のチェロ奏者となりました。そこで、宮廷楽長のアントニオ・ロゼッティから作曲のレッスンを受けるのですね。1793年頃に、その楽団ではハイドンの「ロンドン交響曲」のうちの4曲を演奏することになったのですが、その楽譜を手にしたヴィットは、交響曲第97番を「モデル」にしてハ長調の交響曲を作りました。それがベートーヴェンの助言に従ったものであったことが、後に「ベートーベヴェンの交響曲」と誤解されてしまう原因だったのでしょうね。
確かに、この「イェーナ」と「97番」を比べてみると、よく似ているところは数多く見つけだすことができます。楽章の構成は同じですし、テーマ自体も同じモチーフがベースになっています。しかし、同じ変奏曲の形で書かれている第2楽章などは、ハイドンとは一味違うテイスト、それは、シューベルトにも通じるようなものに支配されていることに気づくことでしょう。その第2変奏の中では、当時は珍しかったはずの「サスペンデッド4」(「ソシレファ」という属七の和音の三音を半音上げた「ソドレファ」という、テレビドラマのBGMに良く使われる和音)なども使われていて、ヴィット独自の個性が明らかに感じられます。
もう一つ収録されているイ長調の交響曲は、これより前、1790年頃に作られたものですが、これは明らかにモーツァルトと同時代の様式をそのまま取り込んだ「無難な」作品です。なにも知らずに聴いたら、モーツァルトの作品のように思ってしまうかもしれません。ただ、この中にも転調のセンスなどにはヴィットの個性を見ることは可能です。
おそらく「イェーナ」よりは後に作られたフルート協奏曲は、その2曲の交響曲と比べると、明らかにワンランク上の、もはや古典派の様式にはとどまっていない、ロマン派の萌芽すら感じられるものになっています。ソロ・フルートのパッセージは羽を与えられたような自由さをもって、「新しい時代」を歌いあげているようです。もちろん、そのように感じられたのは、そんな作品の本質に迫るようなアグレッシブな演奏を繰り広げていたガロワの卓越した音楽性のおかげでしょう。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-10-26 23:23 | オーケストラ | Comments(0)