おやぢの部屋2
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Verismo Arias
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Jonas Kaufmann(Ten)
Antonio Pappano/
Accademia Nazionale di Santa Cecilia
DECCA/478 2258




ついこの間初めて名前を知ったばかりだというのに、ヨナス・カウフマンはあっという間に世界中のオペラファンの人気を獲得してしまいましたね。今や、名だたるオペラハウスからは引く手あまた、ザルツブルクやバイロイトのような音楽祭でも引っ張りだこの超売れっ子となっています。来年は、メトロポリタン歌劇場の公演で、ついに日本でも「生」カウフマンにお目にかかれますしね。しかし、その演目が「ドン・カルロ」というのが、ちょっと微妙。さらに会場がNHKホールですから、オペラを見るには最悪の場所ですし、カウフマン自身もキャンセルの「前科」がありますから、いくら大ファンだといっても、おそらくチケット争奪戦に加わることはないでしょう(と、言っておきます)。
しかし、東京のレパートリーがヴェルディだからといって二の足を踏むのは、もしかしたらもったいないことなのかもしれません。今回の彼の3枚目のオペラアリア集は、そんな「ベルカント」を飛び越えて、なんと「ヴェリズモ」なのですからね。いったい、彼のレパートリーはどこまで広がるのでしょう。
ご存じのとおり、「ヴェリズモ」というジャンルは、19世紀後半に楽譜出版社のソンツォーニョによって、半ば人為的に作られたものですが、そこで追及された輝かしいオーケストレーションや、技巧的なアリアといったものは、音楽的な一つの様式として、その時代のオペラに広範に反映されていったのですね。その中では、特にソプラノやテノールのソリストには多大の表現力が要求されることになります。もちろん、彼らの「楽器」である喉への負担もハンパではないため、このあたりの作品をレパートリーにすることには慎重な歌手は、少なからずいるようです。というか、その程度の志でオペラに挑むという人たちが「ヴェリズモ」を歌ったとしても、その成果はたかが知れています。あふれんばかりの声と、そしてエモーションを武器に、果敢に歌いあげてこそ、「ヴェリズモ」の魅力に迫れるのではないでしょうか。
そうなってくると、カウフマンあたりは、まさにこれ以上はない適役のように思えてきます。ワーグナーの力強さを持った甘美なヴェリズモ、これは、確かにハマるかも。
しかし、彼はそんな「期待」には、見事に背いてくれました。彼は、ノーテンキに声を張り上げて美声をひけらかすといった、イタリア人の歌手が良くやるようなパフォーマンスからは見事に距離を置いた、まさに「現実味」あふれる世界を構築していたのです。有名なレオンカヴァッロの「パリアッチ」(ロンドン、こっち)の「Vesti la giubba 衣装を付けろ」では、まるで突き刺すような歌い方で迫ります。「歌う」と言うよりは、あたかも「語る」かのようなその表現は、なんとリアリティを持っていることでしょう。だからこそ、大サビの「ridi, Pagliaccio」での「泣き」が、さらなる現実味を帯びてきます。
かと思うと、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「Mamma, quel vino è generoso ママ、この酒は強いね」では、適度に抜いた声も交えてなんとも軟弱なマザコンぶりを披露してくれています。理知的な表現によって、まさにドラマを演じきっているカウフマン、生のドン・カルロも見てみたくなってきました。
もちろん、ヴェリズモならではのフル・ヴォイスも健在なのですが、そこで時折見られるほんのちょっとした「頑張りすぎ」のようなところが、気になることがあります。あのドミンゴのように、いつまでも衰えないで立派な声を聴かせ続けて欲しいものです。
バックを務めるパッパーノも、いつもながらのドラマティックなサポートが光ります。

CD Artwork © Decca Music Group Limited
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by jurassic_oyaji | 2010-11-13 19:00 | オペラ | Comments(0)