おやぢの部屋2
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MOZART/Mass in C minor
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Gillian Keith(Sop), Tove Dahlberg(MS)
Thomas Cooley(Ten), Nathan Berb((Bar)
Harry Christophers/
Handel and Haydn Society
CORO/COR16084




モーツァルトの「ハ短調ミサ」は、「レクイエム」同様、未完の作品ですが、そもそも作曲者自身が完成させる意志を持っていなかったということと、こちらはとりあえずそのままでも演奏可能であるために、特に未完の部分を「修復」したりはせずに演奏されることが多くなっています。確かに、ミサとして必要なすべての楽章を備えた「完全版」の作成が試みられたこともありました。古くはシュミット版、最近ではレヴィン版などが出版されていますね。これらは「未完」の部分にモーツァルトの他の作品を流用するなどして作られたものですが、実際にはその需要はいまいちのようで、録音でも、レヴィン版を演奏しているのは依頼主のリリンクだけ、シュミット版に至ってはもはや入手可能なものはありませんからね(こちらの「『大ミサ』の主なヴァージョン」の記述でパウムガルトナーの演奏がシュミット版だというのは間違いです)。
ただ、やはり「未完」というのはなにかと不備があるもので、そのしわ寄せは主に男声のソリストが被ることになります。なにしろ、ソプラノ二人が華やかなソロを与えられているのに対して、テノールとバスのソリストは、ソロのアリアは全く歌わせてはもらえないのですからね。テノールの出番は「Quoniam」の三重唱と「Benedictus」の四重唱の2曲だけ、バスに至っては「Benedictus」1曲しかありません。これは最後の曲ですから、ずっと待っていなければならないのですね。先ほどの「完全版」では、両方ともとりあえずテノールには「Et in Spiritum Sanctum」でソロを与えて「救済」を施していますが、バスには何の恩恵もありませんし。そんなところも、使われない理由?
ここで、「ザ・シックスティーン」の創設者のクリストファーズが用いたのは、もちろん「未完」のエーダー版でした。ただ、演奏しているのはその合唱団ではなく、2009年から彼が芸術監督を務めているアメリカの「ヘンデル・ハイドン協会」という、オーケストラと合唱団の複合体です。ここは、1815年に誕生したと言いますから、もうすぐ「創立200周年」を迎えることになる由緒ある団体。ボストン交響楽団の本拠地、シンフォニー・ホールなどで定期的にコンサートを開催しています。オーケストラはピリオド楽器によって演奏、もちろん、最近アーノンクールとともに来日した怪しげな団体とは異なり、至極まっとうな「古楽」を目指しています。当然のことながら、200年前からこのようなスタイルをとっていたわけではなく、ピリオド楽器を使い始めたのは最近のことなのでしょう。「伝統」に縛られがちなこのような団体にしては、果敢な挑戦だったに違いありません。そして合唱団は、全員オーディションを経て採用されたプロの集団です。
このアルバムは、2010年の1月にシンフォニー・ホールで行われたコンサートのライブ録音です。40人ほどの合唱団は、この響きの良いホールで、とても伸び伸びと歌っているように感じられます。多少声の質が溶け合わないようなところもありますが、それは個々のメンバーのテンションがかなり高まっていたせいなのでしょう。それは決して耳障りなものではなく、いきいきとした息吹きとして伝わってきます。「Qui tollis」などでは、重々しい複付点のリズムのイントロを受けて、しっとりと情感あふれる音楽を聴かせてくれています。
これだけ充実した合唱に比べると、ソリストたちはちょっと見劣りするでしょうか。特にアンサンブルでは、かなりお粗末なところを露呈しています。しかし、最後に「Hosanna」がこの合唱で締めくくられれば、お客さんは満足したことでしょう。このCDには、そのあとの拍手喝采が3分間も収録されていますが、その場にいた人たちが共有したであろうとても幸福な時間の余韻をまざまざと味わうことが出来ます。よいん演奏会だったのでしょうね。

CD Artwork © The Sixteen Productions
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by jurassic_oyaji | 2010-12-03 20:02 | 合唱 | Comments(0)