おやぢの部屋2
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それは、懐かしい時の始まり。
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田原さえ(Pf)
MHK'S MUSIC/LLCM-1003



こういう、日本語のタイトル、いいですね。最近のCDのタイトルといったら、「Smile」だの「Tears」だのと、一見ファッショナブルでも中身は空っぽというわけの分からない英語もどきが氾濫していますから、こういうのを見ると何かほっとさせられる思いです。
アルバムのリーダー田原さんという方は、仙台市を中心に活躍されているピアニストですが、ピアノだけではなくチェンバロも演奏されるなど、多彩な方面での演奏を行っています。さすがに馬に乗ったりはしませんが(それは「ジンガロ」)。さらに、美術館のロビーで、バロックダンスとのコラボレーションを行うなど、ユニークな活動もなさっています。特にバッハの演奏には定評があり、ご自身でも「仙台バッハゼミナール」というものを主宰して、後進の指導にも尽力されています。
以前、最も尊敬に値する世界的なフルーティスト、ペーター・ルーカス・グラーフとの共演を聴いたことがありますが、この巨匠の作り出す堅牢な音楽を、しっかりと支えていたのは印象的でした。多少気紛れなところもある巨匠は、興が乗ると即興的な「仕掛け」を繰り出してくるのですが、そんなアド・リブにも的確に対応していたのを見るに付け、この方のアンサンブルに対する鋭いセンスを感じたものです。
最近でも、チェロや弦楽四重奏とのアンサンブルを聴く機会がありましたが、他のプレーヤーが伸び伸びと演奏できるような心配りが至るところで見られ、とても気持ちのよい一時を過ごすことが出来ました。
今回のCDは、田原さんにとっては初めてとなる、録音のためのセッションを設けて、制作されたものです。そのために用意された楽器とロケーションは、田原さんの思いがとことん反映されたものとなっています。まず、録音された場所は、仙台市から少し北に離れた町、黒川郡大和町にある「仙台ピアノ工房」というところの木造のドーム型をしたホールです。ここは、まるで天文台のような形をした十角形の建物、収容人員は60名ほどですが、木造ならではのとても暖かい響きを持っています。そして、楽器はそこの備え付けの、1960年に作られたというD型スタインウェイです。生まれてから半世紀も経った名器が、ホールの主である伊藤さんという調律師の手によって最良のコンディションに調整され、それをとてもナチュラルな響きのホールの中で演奏するという、何かとてもうらやましくなるような環境で録音されたものが、ここには収められています。
そんな良心的な心遣いは、1曲目のバッハの「プレリュードとフーガ嬰ヘ短調」(BWV883)で、まずはっきり聴き取ることが出来ます。それはまさに、タイトルにあるような「懐かしい」思いがこみ上げてくるようなものでした。それは、最近ありがちな鋭角的なバッハではなく、あくまで流れるような心地よさを持ったもの、そして、ピアノの音はなんともまろやかで、潤いに満ちています。そのまわりを囲む木製の空間がまるで眼前に広がるような、爽やかな空気感までも、確かに聴き取ることが出来ることでしょう。
次の、ショパンの「24のプレリュード」では、ショパンならではの技巧的なパッセージを誇示することはなく、もっぱらしっとりとした、ピアノによる「歌」を伝えているように感じられます。。そこからこみ上げてくる田原さんの息づかいは、まさに「懐かしさ」を誘うものでした。
最後は、曲自体がとても懐かしい、シューマンの「子供の情景」です。幼いころラジオから流れてきた、あるいは、たどたどしい指づかいで実際に弾いてみたかもしれないあのかわいらしい曲たちが、まるで包み込むような暖かい音色で聴こえてきた時、思わずウルウルしたとしても、何も恥ずかしがることはありませんよ。
リリースはプライベート・レーベルからですが、こちらこちらなどでも容易に入手できます。

CD Artwork © MHK'S MUSIC
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by jurassic_oyaji | 2010-12-13 22:24 | ピアノ | Comments(0)