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モーツァルト/レクイエム(レヴィン版)仙台初演
 モーツァルトの「レクイエム」のロバート・レヴィンによる修復稿の仙台初演のコンサートに行ってきました。それってなに?という方は、こちらをご覧になって、基本的な情報を収集してみてくださいね。私は、こんないろんな修復稿の「追っかけ」ですので、もちろんこの「レヴィン版」もCDでは何度も聴いていたのですが、生演奏で聴くのは、これが初めてです。
 これを演奏してくれたのは、仙台宗教音楽合唱団の皆さんでした。前回「ロ短調ミサ」を演奏した時にはあのヘルムート・リリンクが指揮をした団体ですね。そもそもこの「レヴィン版」を委嘱したのがそのリリンクだったというつながりと、団員の中に私と同じようにこの版に興味を持っている人がいて、その人の熱心な勧めもあって、今回取り上げることになったのだそうです。そして、その人というのが、サイトを通じての私の知り合い、今日のコンサートのプログラムにはその人が書いた解説が掲載されていましたが、その中でしっかり私と私のサイトについて述べておられましたね。つまり、このコンサートは、私にとってもなにがしかのつながりがある、というものだったのです。
 演奏は、とても素晴らしいものでした。指揮の佐々木正利さんは、鈍重とも思えるほどに真摯にこの曲に向き合っていましたが、その中でこのレヴィン版をあえて用いたことの必然性を、間違いなく聴いている人たちに伝えることに成功していたのではないでしょうか。ジュスマイヤ版との違いがはっきり分かる「Lacrimosa」の後半では、思わずこみあげるものがあるほどの、新鮮な驚きがありました。知っていたことでも、実際に目の前でそれが行われると、こんな風に高ぶりを感じるものなのですね。おそらく、何も知らないで聴きに来た人でも、何かしら感じるところはあったのではないでしょうか。
 合唱は、あまりの大人数にどうなる事かと思っていましたが、歌い始めると非常によく溶け合ったピュアなサウンドが心地よいものでした。特に男声パートが澄み切った音色で、安心して聴いていられましたよ(フライングはご愛嬌)。表現も、最初はおとなし目だったものが、曲が進むにつれて振幅が大きくなっていき、最後に向かってまさに指揮者と一体化した熱いものを作り上げていましたね。指揮者と合唱団との、とても暖かい信頼関係を見る思いでした。
 そして、ソリストの4人もそれぞれに素晴らしいものを聴かせてくれました。特にテノールの伸びやかさは印象的でした。さらに、アンサンブルになった時のまとまりが、素敵でした。ソプラノの音程が、ほんの少し甘かったのが惜しまれますが、大した疵ではありません。
 疵と言えば、こちらも素晴らしいオーケストラの中で、トロンボーンのソロはあまりにも痛い失態でしたね。でも、それを除けば、ナチュラル・トランペットを使うなど、ピリオド・アプローチに徹した山形交響楽団の健闘は、称賛に値するものでした。8-8-6-4-2という、かなり大きめの編成の弦楽器が、日ごろ飯森さんに鍛えられているモーツァルトを、見事にここでも披露してくれました。その渋いサウンドが、ピュアな合唱と一緒になって繰り出す響きは、極上のものでした。もちろん、バセット・ホルンの独特の音色も、しっかり堪能させてもらえました。ただ、「Agnus
Dei」の後半の高い音のソロの部分で、クラリネットに持ち替えていたように聴こえたのは、気のせいでしょうか。もしかしたら、レヴィンの楽譜ではバセット・ホルンの音域を超えていたのかもしれませんね。これは、あとで楽譜を確認してみましょう。
 強い口調の影アナで「写真撮影は禁止です」と言われていたにもかかわらず、ぜひ記録に残しておきたいと、演奏が終わった時にカメラを構えていました。ところが、最後の音が鳴りやんでも、誰も拍手をしないので、しばらくその場が凍りついてしまいました。そんな予想外の緊張感の中で手が震えて、こんなのしか撮れませんでしたよ。
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by jurassic_oyaji | 2011-01-15 22:53 | 禁断 | Comments(0)