おやぢの部屋2
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MAHLER/Symphonie No.2
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Kate Royal(Sop)
Magdalena Kozená(MS)
Simon Rattle/
Rundfunkchor Berlin(by Simon Halsey)
Berliner Philharmoniker
EMI/6 47363 2




樫本大進さんが、日本人としては2番目となる第1コンサートマスターのポストを射止めたベルリン・フィルは、やはりすごいオーケストラだと、つくづく思います。この前も、その樫本さんがコンマスの席に座っている去年の「ジルヴェスター」の映像を見ましたが、指揮のドゥダメルのやりたいことを瞬時に察知して、それを音にしている各セクションの力量に、すっかり感心してしまったところです。ただ、そんな中で、その時に乗っていたフルートのパユだけが、えらく異質に感じられたのは、なぜなのでしょう。このところ、ブラウの出番の映像ばかり見ていたせいなのでしょうが、パユの演奏には他のセクションには感じられる一本芯の通ったところがまるでなかったのですよ。なんか、目指しているものが、全く違うような思いに駆られてしまいました。ソロならばなかなかユニークなアプローチではあるのですが、それをオケの中でやられると、ちょっと、なんですね。カルメンの間奏曲は悲惨でした。
今回のラトルとの「復活」でも、フルートのトップはパユのようでした。何度か出てくるソロの感じが、まさに「ジルヴェスター」と同じですから、たぶん間違いはないでしょう。これが録音されたのは去年の10月ですから、ほぼ同時期になるわけですね。なにしろ、ソロのテンポ感が、ことごとくラトルに逆らったもの、アンサンブルの中でフルートだけが別の方向を向いているのがはっきり分かるのですよ。あんたのやりたいことはよく分かるけど、どうかもっと空気を読んでよ、といった感じですね。
もっとも、ラトルの音楽だって、そんなたいしたものではなかったのでしょうね。確かに、メリハリのきいた颯爽とした演奏ではあるのですが、それがマーラーかと言われると、ちょっとためらってしまうのです。あまりに整いすぎているんですね。かと思うと、なんだか余計なところに変な神経を使っているようで。第1楽章の最後などは、あんまり素っ気ないので、びっくりしてしまいました。
この曲の場合、個人的な興味はもっぱら最後の2つの楽章にありますから、「Urlicht」のアルト・ソロが、あまりに貧弱なのには、心底がっかりしてしまいます。音程は悪いし、ここで要求される「深さ」がまるで感じられないのですね。かといって、ラトルの場合コジェナー以外にこのパートを任せることはあり得ませんから、こじぇな(これは)困ったものです。
そうなってくると、あとは第5楽章の最後にだけ登場する合唱に期待するしかありません。このCDでは、この楽章を7つのトラックに分けているのですが、その切れ目がちょうどフルートとピッコロの掛け合い(ここでも、パユの最後の伸ばしのC♯の音がとてつもなく低いのが耳障り)が終わって、「神秘的に」合唱が入ってくるところになっていますから、その時間が良く分かります。それによると、合唱は最後の15分間しか出番がないのですね。しかもその間はずっと歌っているわけではありませんから、声を出しているのは実質8分半ぐらいではないでしょうか(小節数を数えてみました。293小節のうち、合唱が歌っているのは164小節、ほぼ56%でしたね)。1時間半の中の8分半!延々と待たされると思っていた「第9」などより、はるかに待たされたあげく出番の少ないのが、この曲の合唱だったのですね。
しかし、聴く方もそれだけ「待った」甲斐がありました。サイモン・ハルジーに率いられたこのベルリン放送合唱団は、まさに「真打ち」という貫禄を示してくれたのです。驚異的なのは、合唱が入る部分でのピアニシモから、最後、オルガンまで加わっての大音響の中でも決して存在感を失わないフォルテシモまで、常にコントロールのきいた繊細な音色で歌いきった、そのダイナミック・レンジの広さです。「終わりよければすべてよし」を地でいったような、素晴らしい合唱に、拍手。

CD Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2011-02-11 20:37 | オーケストラ | Comments(2)
Commented by ミヒャエル at 2011-02-12 08:04 x
復活のフルートはブラウですよ。
Commented by jurassic_oyaji at 2011-02-12 09:16
ミヒャエルさん、貴重な情報ありがとうございました。
ベルリン・フィルのフルート首席は、そろいもそろってダメになっている、ということなのですね。