おやぢの部屋2
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OTTE/Das Buch der Klänge
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Ralph van Raat(Pf)
NAXOS/8.572444




ハンス・オッテというドイツの現代作曲家の最も有名な作品、「響きの書」の新しい録音です。この曲は、ゴダールの「21世紀の起源」という1999年に作られた映画のサントラに使われておって、それで一躍有名になったのだそうです。もっとも、シュトラウスの「ツァラ」のファンファーレのような分かりやすい曲ではなく、映画自体も「2001年」に比べたらはるかにマイナーなものですから、「有名になる」といっても多寡が知れていますがね。
1926年に生まれて2007年に亡くなったオッテは、小さい頃からピアノやオルガンの演奏に才能を示します。アメリカのエール大学でヒンデミットに作曲を師事した後、ドイツに帰ってからはワルター・ギーゼキングの生徒となり、ピアニスト、作曲家として活躍を始めます。さらに、1959年から1984年まで、ラジオ・ブレーメンにクラシック担当のディレクターとして招かれ、「プロ・ムジカ・ノヴァ」という音楽祭を創設して、ジョン・ケージやメシアンといった大御所や、当時台頭してきたテリー・ライリー、ラモンテ・ヤング、そしてスティーヴ・ライヒといった「ミニマリスト」たちを、ドイツの聴衆に初めて紹介したのです。
1979年から1984年にかけて作られた「響きの書」は、そんな「ミニマリスト」たちと共通のイディオムによって作られた12の部分から成るピアノ・ソロのための作品です。今までに、オッテ自身の演奏CELESTIAL HARMONIES)や、サントラに使われたヘンクのECM盤など、3種類以上の録音がありましたが、そこに2009年の最新録音が加わることになりました。
12の曲は、それぞれに特徴的なキャラクターをもっていて、あたかもオッテが出会った数々の作曲家へのオマージュのように感じられてしまいます。もちろん、基本となっているのは1曲目や5曲目に見られるようなライヒの語法の延長線上にあるものでしょう。細かいパターンを幾層にも重ね合わせた結果、モアレのように見えてくる風景を楽しむ、という趣向ですね。ただ、オッテの場合は、ライヒのような無機的な風景ではなく、もっと色彩的な移ろいが感じられるものに仕上がっています。それは、まさにライヒの語法によるメシアンの持つカラフルな世界の培養でした。それは、10曲目のまるで光のきらめきのようなシーンを経て、最後の12曲目の、もはやメシアンそのもののような、「色」を持つアコードの連続という一つの生命体となるのです。
一方で、ひたすら単音にこだわった3曲目などには、リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」の投影を見ることは出来ないでしょうか。8曲目では、ソステヌート・ペダルで引き延ばされた音をバックグラウンドにして、メシアン的なテンション・コードと、リゲティ的なクラスターが交互に出現する、というワクワクするような試みも披露されます。
かと思うと、黒鍵だけで単旋律を演奏する6曲目などからは、グレゴリアン・チャントの影すらも感じられてしまいます。似たようなドビュッシー的なモーダルの世界も、あちこちに発見できることでしょう。
ある意味「ミニマル」が到達した、一つの豊穣、しかし、それをとことん味わうためには、押し寄せる猛烈な睡魔との戦いも必要になってきます。もちろん、それはペルトやタヴナーにはお馴染みの試練ですね。
楽譜を見たわけではないので断言は出来ませんが、それこそケージの音楽のように、繰り返しなどにはかなり演奏家に任される部分があるのではないでしょうか。オッテ自身の演奏に比べると、オランダの新鋭ファン・ラートは、時折全く別のことをやっていたりします。1曲目などは、一瞬他の曲では、と思ってしまいましたよ。さらに彼の場合、ビートに微妙な伸び縮みがあって、そこから生まれるグルーヴには独特の魅力が感じられます。このあたりが、「後出し」の特権なのでしょうね。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2011-02-18 20:21 | 現代音楽 | Comments(0)