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指揮者の仕事術
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伊東乾著
光文社刊(光文社新書501)
ISBN978-4-334-03604-1



著者の伊東さんという方、初めて名前を知ったのですが、なんだかものすごい人のようですね。まず、出身大学が東大の大学院、しかも博士課程というのですからね。なおかつ、専攻が物理学ですって。それだけで充分研究者として生きていけるはずなのに、彼は敢えて作曲や指揮への道を目指すことになります。そして、今ではそんな音楽家への夢を叶えたあげくに、母校では、新たに設けられた「東京大学大学院情報学環・作曲=指揮・情報詩学研究室」の准教授に就任しているのですからね。いやいや、そんなことで驚いていてはいけません。彼はなんと、作曲では「出光音楽賞」、音楽以外の著作では「開高健ノンフィクション賞」などという、それぞれの分野では最高の権威とされているものまで受賞しているという、すごさなのですから、なんとも多才な方なのですね。奥さんは一人なのでしょうが(それは「多妻」)。
そんな伊東さんの、これは初めてとなる音楽をテーマにした本です。満を持して、というか、最も得意な分野のことを述べるのですから、書きたいことがあとからあとからわき出てくる、といった感じの、真に中身の濃い、我々にとっても読みどころ満載のものに仕上がっているのではないでしょうか。
まず、タイトルにもあるような、「指揮者とはどういうことをやっているのか」という点について、まさに現場の人間ならではの明快な説明が語られます。それは、ありがちな精神的なものではなく、あくまで「科学的」に納得できるような語り口ですから、面白いように理解できます。おそらく、プロ、アマを問わず、実際にオーケストラに参加している人間であれば、誰しも「うん、確かにそうだね」とうなずいてしまうはずです。その中で、あのブーレーズの指揮の姿をコンピューターで解析しているコーナーが、ひときわ興味を引きます。一見、淡々と振っているようでいて、実は非常に精密な、情報量の多い指揮であることがよく理解できます。
さらに、伊東さん自身の、指揮者としての修業時代の話が圧巻です。1990年に初めて札幌で行われた「パシフィック・ミュージック・フェスティバル」でバーンスタインが来日したときには、武満徹監修の雑誌の編集に携わっていた伊東さんは、彼の全てのリハーサルを見学したり、長時間の独占インタビューを行ったりしていたそうなのですね。その直後にバーンスタインは亡くなってしまうのですから、そのあたりの筆致はとてもドラマティック、本当にこんなことがあったのか、と思ってしまうほどです。
指揮者として必要なことが、テキストに関する理解だ、という流れで、突然ベートーヴェンの「第9」のテキストの、「真の意味」について語られている部分は、かなり衝撃的な内容です。明らかな誤訳がまかり通っているために、ベートーヴェンが真に訴えたいこととはかなりゆがめられた形で、特に日本では演奏されているというのですね。この主張には、かなりの説得力があります。一見ノーテンキなお祭り騒ぎの曲のように思えてしまいますが、実はこんな深遠な意味があったのですね。もちろん、この「伊東説」を支持するも無視するも、それは読者の自由です。
最後に、この「第9」を蘇演したワーグナーについて、熱く語られます。「トリスタン」のアナリーゼから、バイロイトの音響的な特徴まで、つぶさに述べる中から、「指揮者」の理想的な姿を浮き上がらせよう、という手法です。ワーグナーが嫌いな人でも、その「リーダーシップ」には、思わず納得させられてしまうことでしょう。
そんな「リーダーシップ」が、経営者にとっても重要なのだ、という、恐ろしくありきたりな「まとめ」さえなかったら、この本は安っぽいビジネス書に終わることなく、卓越した音楽書としての価値を持ったに違いありません。

Book Artwork © Kobunsya
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by jurassic_oyaji | 2011-02-24 21:38 | 書籍 | Comments(2)
Commented by てつ at 2011-02-25 13:35 x
初めまして。いつも拝見させていただいております大学生です。いつもjurassicさんの豊富な知識に圧倒されております。このブログのおかげで多くの知識を得、素晴らしいCDと出会うことができました。合唱をメインに据えたブログは少ないですから、jurassicさんのような存在はありがたいです。本当に感謝しております。
今回紹介されている伊東乾さんですが、ツイッターをされています。フォローして随時チェックしているのですが、音楽から政治まで様々な分野についてツイートしていますし、ツイッター上で活発に議論もされているようですから、のぞいてみてはいかがでしょうか。
Commented by jurassic_oyaji at 2011-02-25 14:47
てつさん、コメントありがとうございます。
特に合唱をメインにしているつもりはないのですが、気がついたら合唱関係が多くなっていた、という感じです。
これからも、よろしくお願いいたします。