おやぢの部屋2
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WEISS/Requiem "Schwarz vor Augen und es ward Licht"
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Dorothee Mields(Sop)
Andreas Karasiak(Ten)
Jörg Breiding/
Knabenchor Hannover
NDR Radiophilharmonie
RONDEAU/ROP 7008-09




このサイトは「レクイエム」に関しては異常な関心を示していることにお気づきの方は多いことでしょう。それは単にフォーレやモーツァルトの「レクイエム」についてコアなリサーチを行った結果、「レクイエム」そのものに対しても視界が広がった、というだけの話なのですが、そのおかげでさまざまな時代の、さまざまな様式の作品に接して来れました。いま、このような「未曾有」の惨劇の前に、死者を悼むための曲である「レクイエム」の最新作を聴く時には、どうしても「聴く」という行為自体に意味を見出したくなるものです。
ということで、ハラルド・ヴァイスという、1949年生まれのドイツの作曲家が作った「レクイエム」です。ここで演奏しているハノーファー少年合唱団の委嘱によって2009年に初演されたもので、すでにSchottから出版もされているそうです。
ヴァイスという人は、なかなかユニークな経歴の持ち主だそうで、基本的にクラシックの教育を受けてはいますが、その対象はジャズやロックにも及び、さらに音楽だけでなく映画や演劇の分野でも活躍しているという、まさに「クロスオーバー」のアーティストなのです。
「レクイエム」の場合は、まず「目の前は闇、そして、それは光となる」というサブタイトルが目を引きます。そんなコンセプトが込められているのでしょう。全体はそれぞれ45分ほどの2つのパートに別れているのですが、前半が「目の前は闇」、そして後半が「そして、それは光となる」というタイトルになっています。それぞれのパートは最初と最後に同じ曲を持ってくるという構成で、一つのまとまった概念を形作っているようです。テキストは通常の「レクイエム」に用いられているものの他に、詩篇のドイツ語訳やヘッセやリルケの詩までも動員、それらが自由に並びかえられています。
音楽としては、非常に聴きやすい仕上がりとなっています。それは、もっぱら「聴き慣れた」手法をいろいろなところから集めてきて、まさに「クロスオーバー」させているからなのでしょう。モーツァルトのような優雅な音楽があるかと思うと、ヴァイオリン・ソロが、まるでバッハの「無伴奏」のようなフレーズを延々と弾き続けるシーンもあるといった具合。それはもっぱら、作曲家の自らの音楽体験を披露しているだけのように感じられてしまいます。そこには、表現に対する切実な思いのようなものは、何一つ感じることはできません。
後半になってくると、今度はひたすらオルフのようなやたらオスティナートに頼っただけの音楽が頻発してきます。ダイナミックに盛り上げることで、「光」を暗示させるという、いかにも見え透いた手法です。そういえば、ヴァイスという人は打楽器奏者としても活躍しているそうですから、ここで用いられている打楽器の書法は、これ以上効果的なものは望めないほどの完成度を示しています。しかし、それが効果的であればあるほど、聴いているものは「何かが違う」と、醒めていくのです。
もしかしたら、作品そのものにはそれなりの「思い」が込められてはいたのかもしれません。しかし、ここでのメインの演奏者である合唱団が、あまりにも無気力で拙い演奏に終始しているために、そんな可能性が聴き手に伝わることは決してありませんでした。本当にこの合唱団、特にトレブル・パートの悲惨さは目を覆うばかりです。これは初演の時のライブ録音ですが、最後の方になってくると、明らかに集中力がなくなってくるのが手に取るように分かります。委嘱するのなら、もっと自分たちの身の丈にあったものにしておいたら、と言いたくなりますね。
カスのような駄作のしょうもなく貧しい演奏、こんな時にこんなものを聴いてしまったことを、心底後悔しています。偶然とはいえ、そんな人間の前に新しい「レクイエム」を届けてきた作曲家は、不運としか言いようがありません(ふーん?)

CD Artwork © Rondeau Production
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by jurassic_oyaji | 2011-03-27 19:55 | 合唱 | Comments(0)