おやぢの部屋2
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ROTA/Piano Concertos
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Janne Mertanen(Pf)
Hannu Lintu/
Tampere Philharmonic Orchestra
ALBA/ABCD 310(hybrid SACD)




イタリアの作曲家ニーノ・ロータは、1979年といいますから、もう30年以上も前に亡くなっていたんですね。まだ生きていたような気がしていたっす(それは「イーノ・ヘータ」・・・ご存じないでしょうが、「NISSANあ、安部礼司」のキャラっす)。
ロータといえば、なんたって「ゴッド・ファーザーの愛のテーマ」がすぐ頭に浮かぶほどですから(ついでに、「広い世界の片隅に やがて二人の朝が来る」という千家和也の訳詞で歌っている尾崎紀世彦のモミアゲ姿も、浮かんできませんか?)、映画音楽の作曲家として世界的に有名でした。しかし、彼は本来はクラシックの作曲家としての修業を続けていた人だったのですね。
彼が生まれたのは1911年、つまり、今年は「生誕100年」ということになります。音楽家一族の家に生まれたロータは、幼少の頃から作曲の才能を示し、12歳の時には「洗礼者ヨハネの幼時」というオラトリオまで作曲しているという、「天才」でした。その年にミラノ音楽院に入学、ピッツェッティの教えを受けることになります。その後、今度はローマの聖チェチーリア音楽院にも入学、そこではカセッラから作曲を学びます。その頃には、ストラヴィンスキーとも友人になっていますね。さらに、1929年には、トスカニーニの推薦でアメリカに渡り、カーティス音楽院に入学します。そこでは作曲をロザリオ・スカレロという人に学び、同時にフリッツ・ライナーからは指揮法を学びました。イタリアに帰ったロータは、イタリア南部、アドリア海に面したバーリという都市にあるバーリ音楽院の校長に迎えられ、30年以上その職にあったのです(ちなみに、指揮者のリッカルド・ムーティはこの学校の出身。ロータに、学生オケの代役を急遽任されたことが、指揮者になるきっかけだったのだとか)。
ロータの「クラシック」の作品は、多くのオペラや交響曲、室内楽など、多岐にわたっています。その中で、ピアノ協奏曲は全部で4曲残されています。このアルバムには、1960年に完成したハ長調の協奏曲と、「Piccolo mondo antico(昔の小さな世界)」というタイトルを持つ1978年のホ短調の協奏曲が収められています。
彼の作風は、「新古典主義」といったような範疇に収められるものなのでしょう。いわゆる「現代音楽」といった趣の12音やセリー、ましてやクラスターなどが顔を出すことは決してありません。友人であったピアニスト、アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリに献呈されたハ長調の協奏曲の場合も、どこかショスタコーヴィチやプロコフィエフの作品を思わせるような、古典的な構成と響きを大事にした、聴きやすい曲です。しかも、第2楽章では、1972年に作られることになるさっきの「ゴッド・ファーザー」と非常によく似た旋律を聴くことができます。ですから、彼が映画音楽で披露した様々なキャッチーなメロディは、そもそも「クラシック」の中から生まれていたものなのですね。おそらく、彼が作曲する時には「クラシック」も「映画音楽」も、全く同じ姿勢で接していたに違いありません。逆に、この協奏曲を聴いていても、そのまま映画のシーンに使えそうな断片がいくらでも見つかることでしょう。
彼は、生涯そんなスタンスを貫いたのでしょうね。最後の作品となったホ短調の協奏曲の場合も、そんな「聴きやすさ」は健在でした。まるでラフマニノフのようなメランコリックな第1楽章、映画音楽で聴かれる「ロータ節」満載の第2楽章、そして、プロコフィエフ風の軽快さの中にも、まるでジョン・バリーのような壮大さも垣間見ることの出来る第3楽章と、聴きどころにあふれています。
フィンランドの期待の新星、ヤンネ・メルタネンが、そんなロータの魅力を、存分に伝えてくれています。熱いメロディの歌い上げは格別ですし、いきいきとしたパッセージのドライブ感は、爽快そのものです。

SACD Artwork © Alba Records Oy
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by jurassic_oyaji | 2011-03-29 20:25 | 現代音楽 | Comments(0)