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La Musique de la Belle Époque pour Flûte
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榎田雅祥(Fl)
蒲生祥子(Pf)
CAMERATA/CMCD-28234




榎田さんというフルーティストは、長く大阪フィルの首席奏者を務められていた方です。1980年から2010年までの30余年、大阪フィルの「顔」として、その音色を支えていました。生でこのオーケストラを聴いたことはあいにくないのですが、時折テレビなどで放送されていたものを聴くと、そのフルートの音はとてつもない存在感を持っていたことを感じたものです。それはまさに「榎田トーン」といった、唯一無二の音でした。
そんな特徴的な音は、もちろんご本人の修練の賜物なのですが、彼の楽器に対するこだわりも寄与していたに違いありません。彼の修業はチューリッヒでアンドレ・ジョネ、ロンドンでウィリアム・ベネットという二人の巨匠のもとで行われたのですが、その二人が揃いも揃って使っていたのが、「ルイ・ロット」という楽器だったのです。師匠たちの吹くこの楽器の音をそばで聴いてその魅力に惹かれ、榎田さんは何本かの「ロット」を手に入れたそうです。すでに1951年には閉鎖されてしまったそのフルートの工房から生まれたほんの一万本程度の「ロット」は、今では宝物のように多くのフルーティストの羨望の的となっています。
もう一つのこだわりは、「Gis open」というシステムです。現在世の中に出回っているフルートは99%は「Gis closed」というもの、その違いは写真を見て下さい。
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上が「Gis open」、画像は榎田さんが訳された「Angeleita Stevens Floyd/The Gilbert Legacy(邦題:フルート奏法成功への鍵 ジェフリー・ギルバートのレッスン・システム)」(1995年/音友)33ページ。下が「Gis closed」です。「closed」の方がキーが一つ裏側に余計に付いています。そもそもベームが作った楽器は「open」だったのですが、左手の小指に負担がかかるのでもっと楽に演奏出来る「closed」が主流になっていきます。しかし、キーとトーンホールが多い分、音色が犠牲になるので、特にこだわって「open」を使うフルーティストも健在、榎田さんもその一人です。ただ、その左手小指の運指が、今までのものと全く逆になるのがネックですね。
フルートにおける「フレンチ・スクール」の始祖の一人、ポール・タファネルも、「Gis open」の「ロット」を使っていました。彼は、1893年にパリ音楽院の教授に就任して学生を束ねることになったときに、卒業試験の課題曲として、毎年新曲を作曲家に作らせる、という制度を導入しました。それらの作品は、今ではフルーティストにとって欠かすことのできないレパートリーとなっていますし、たとえばフォーレの「ファンタジー」とかシャミナードの「コンチェルティーノ」などは、フルートに特に関心のないクラシック・ファンにもお馴染みのものなのではないでしょうか。
このアルバムには、その課題曲が全部で9曲と、おまけとしてタファネル自身の曲がもう一つ(課題曲の「アンダンテ・パストラールとスケルツェッティーノ」の他に「シシリエンヌ・エチュード」)が収められています。したがって、ここではエネスコの「カンタービレとプレスト」やゴーベールの「ノクチュルンとアレグロ・スケルツァンド」といった「有名曲」以外の、全く聞いたことのない作曲家の作品に接することが出来るという、資料的な価値が最大の魅力になってくるでしょう。
榎田さんの「ロット」の音色は、なんとも言いがたいセクシーなものでした。それはまさに「古き良き時代」を思わせるものです。さらに、曲の成立からも分かるように、ここで必要とされる技巧はハンパではありませんが、それを軽々とクリアしているテクニックの冴えも見事としか言いようがありません。しかし、表現になにか四角四面な印象が免れないために、曲としての魅力があまり伝わってこないのが残念です。というより、皮肉なことに、この演奏からは、これらの曲がなぜフルーティストの間だけの嗜好にとどまっているのかがはっきり分かってしまうのです。

CD Artwork © Camerata Tokyo, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-04-04 20:24 | フルート | Comments(1)
Commented at 2011-07-14 09:03 x
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