おやぢの部屋2
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STRAVINSKY/The Rite of Spring, Petrushka
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Andrew Litton/
Bergen Philharmonic Orchestra
BIS/SACD-1474(hybrid SACD)




このジャケット、とても「BIS」とは思えないようなデザインと配色ですね。なにしろ、このレーベルが出来た当初は、いかにも「北欧」といった感じの全面黒一色にこだわったジャケットでしたからね。それも次第に自由なものには変わっていきましたが、ある種譲れないポリシーのようなものは、常に感じることができました。しかし、ついにここまで来ましたか。使っている絵がムンクの「太陽」だというのは評価できますが、全体を覆うこの安っぽさはもはやかつてのBISのものではありません。着色されたタイトルが致命的ですね。こうなってくると、あのNAXOSの方がはるかにマシに思えてきます。
しかし、このSACDを聴いてみると、そんなお粗末なジャケットからは想像も出来ないような魅力あふれる演奏だったのには、嬉しくなってしまいました。外見だけで判断してはいけません。
ここで、あの超難曲「春の祭典」を演奏しているのは、ノルウェーの、はっきり言ってローカルなオーケストラ、ベルゲン・フィルです。別にお腹を壊したわけではありませんが(それは「ゲリベン・フィル」)。名のあるオーケストラ、そして名のある指揮者の演奏でさえ、大汗をかきながら一生懸命やっているのが分かってしまうという、あらゆる面で落とし穴満載のこの曲ですから、まず、こんな「田舎の」団体が破綻なく最後まで演奏できるのかな、という程度の「期待」で聴き始めたって、決して悪いことではなかったはずです。ところが、そんな先入観をあざ笑うかのように、彼らは実に余裕のある、そして隙のない演奏を聴かせてくれたではありませんか。これは、なんともうれしい「誤算」でした。
そんな「余裕」は、ファゴットの超高音で始まる管楽器の掛け合いで、すでに十分にうかがえるものでした。ファゴット奏者はこんな酷な音域で、もしかしたら作曲家が願ったのかもしれない喘ぐような音とは全く無縁な、いともリリカルな音色で迫ります。さらに、彼のフレーズは厳密に楽譜に忠実な機械的なものではなく、もっと自らの呼吸を感じさせるような人間味あふれるものでした。バスクラリネットやアルトフルートも同じこと、訳のわからない複雑な譜割りなどを超越した、あくまで自分で「歌える」音楽を、その中に込めていたのです。
続く、いかにも原始的な「祭典」を思わせる不規則なアクセントをもつトゥッティのパルスの連続の部分でも、彼らは決して大げさな身振りを見せることはありません。それはいともさりげなく、まさにあるがままの姿で流れるといったごく自然なたたずまいに感じられます。ですから、曲がクライマックスを迎えるあたりの、小節ごとに拍子が変わるといった変拍子の応酬の部分でも、おそらく彼らは汗一つかくこともなく、その変拍子を不自然なものとは感じさせない、極めて滑らかなリズムであるかのように扱うことが出来るのでしょう。
後半になるにしたがって、これがとてつもない録音であることが次第に分かってきます。別にサブウーファーのようなもので補強したオーディオ・システムではないにもかかわらず、バスドラムのエネルギーに満ちた重低音は曖昧さを一切見せずに部屋いっぱいに響き渡りますし、繊細なサンバル・アンティークは、決して埋もれることなく明晰にスポットライトを浴びています。
もちろん、そんな怒濤の響きの饗宴の中から聴こえてくるのは、力ずくで煽り立てる音楽ではなく、なんとも風通しの良い心地よさを楽しんでいるうちに、ひっそりとストラヴィンスキーが企んだバーバリズムが忍び寄って来るという油断のならないものでした。いつの間にか、「春の祭典」でこんな演奏が出来る時代になっていたのですね。それはその前のトラックに入っていた「ペトルーシュカ」が、大編成の1911年版にもかかわらず、まるで室内楽のような肌触りで聴こえた時点で、予測出来ていたはずなのに。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2011-04-11 22:07 | オーケストラ | Comments(0)