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音楽史を変えた五つの発明
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ハワード・グッドール著
松村哲哉訳
白水社刊
ISBN978-4-560-08113-6



イギリスの作曲家、ハワード・グッドールが2000年に出版した著作「Big Bangs」の日本語訳です。原著のサブタイトル「The Story of Five Discoveries that Changed Musical History」が、そのまま邦題になっています。グッドールについては、こちらで彼の作品を紹介したこともありましたが、そのような「クラシック」の作曲家としてよりも、あの「ミスター・ビーン」のテーマ音楽を作った人として、広く知られているはずです。というか、この作品にしても、いわゆる「現代音楽」という範疇からは少し距離を置いた、ありがちな折衷様式で作られていたような気がします。
タイトルで「音楽」と「発明」という2つの言葉が並んでいることに違和感をおぼえるのは、ごく普通の感覚に違いありません。つまり、前者は「芸術」の概念であり、後者は「工業技術」の概念であるからなのでしょう。この二つの概念は本来なんの関係もないものなのですが、それを結びつけて論じることが出来ること自体が、「西洋音楽」がいかに特殊なものであるかを物語っています。そう、まず読者は、ここで言う「音楽史」というのは、あくまで「音楽」全体ではなく、「西洋音楽」というごく限られたジャンルの歴史であることを認識する必要があるのです。言い換えれば、この本によって著者が伝えたかったのは、「西洋音楽」が、いかに特殊なものであるか、ということなのではないでしょうか。
ここで著者が「発明」として挙げているものは、「記譜法」、「オペラ」、「平均律」、「ピアノ」、「録音技術」の5つです。これらのものは、まさに「ビッグ・バン」のようにある日突然現れ、それまでの音楽のあり方をすっかり変えてしまった、というのが著者の主張です。「オペラ」というのがいまいち馴染みませんが、他の4つの「発明」は、確かに西洋音楽が特別のものになるために欠くことの出来ないものだったことは良く分かります。
その中でも、「記譜法」を「発明」と捉え、そこから西洋音楽の特殊性を明らかにしているあたりの筆致は、なかなかエキサイティングです。頭の中に思い描くだけでなく、紙の上に記録できるツールを手にした時から、西洋音楽は他の音楽とは全く異なる道を歩み始めたのですね。確かに、複雑な対位法などは、「楽譜」というものがなければ、到底作り出すことはできなかったことでしょう。そして、その結果として、耳で聴くだけでは決して理解できないような音楽が生まれてしまうことになるのです。これこそが、西洋音楽、つまり「クラシック音楽」が、ある程度の素養がないことには充分に理解することが出来なくなってしまった最大の要因なのでしょう。著者は、もちろん、そのような懐疑的な態度を取ることはせず、この「発明」を手放しで賞賛しているように見えます。
そして、「平均律」に対しても、このシステムが欠陥の多いものであることは認めてはいても、何よりも限りない可能性を開いたものとして容認の態度を取っています。と言うより、このあたりの説明は非常に難解な書き方になっていて、それはあたかも平均律の欠陥を覆い隠すための恣意的な措置のようにさえ思えてきます。
そんな堅苦しい本論の合間に、「間奏曲」という、ちょっとしたコラムが挟まれているのも、なかなかの配慮です。「作曲するということ」では、彼自身の音楽の作り方が赤裸々に語られます。それはなかなか感動的な体験談なのですが、先ほどの作品を聴く限り、それほどのものから生まれたのだとは到底思えないのが、少々残念です。「選ばれた人々」とは、西洋音楽で多くの功績のあったユダヤ人作曲家たちのこと。マーラーに言及した部分で勢い余って、ブルックナーを「冗長でひどく単純」と決めつけているのは、多方面からブーイングを浴びるに違いありません。きっと減給されてしまうことでしょう。

Book Artwork © Hakusuisha
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by jurassic_oyaji | 2011-04-13 19:50 | 書籍 | Comments(0)