おやぢの部屋2
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歌う国民
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渡辺裕著
中央公論新社刊(中公新書2075)
ISBN978-4-12-102075-8



以前から「唱歌」の成り立ちに関しては体系的に知りたいと思っていたところに、こんな恰好なガイドブックが現れた、と手にしてみたところ、帯に記された梗概には、「推理小説を読むような興奮あふれる、もう一つの近代史」などとあるではありませんか。どうやら、これは単に唱歌などの解説に終わることのない、スリリングな読み物なのかも知れないという期待が募ります。そもそもサブタイトルには「唱歌、校歌、うたごえ」とありますよ。「唱歌、校歌」はともかく、最後の「うたごえ」というのが、かなりミスマッチには思えませんか?前者は、言ってみれば「お仕着せ」の産物、後者はなんといっても「民衆」の「自発的」な運動のようなイメージがありますからね。
そう、そのような、一見なんの関連性もないように思えるものが、突き詰めて考えると実は深いところで結び付いているのだ、というのが、おおざっぱに言えばこの本のテーマなのですよ。確かに、そのような結論にいたる著者の語り口は、まさに「推理小説」そのものでした。
まず、「唱歌」に対して今まで抱いていたイメージが、ガラリと崩れ去りました。著者が最初に提示してきた「夏期衛生唱歌」にまず大爆笑です。夏場は食品が黴びやすいので、消化の悪いものは食べてはいけない、もし食べてしまったら吐き出しなさい、とか、海水浴は午前中は9時から11時、午後は4時から6時まで、心臓病や頭痛持ちの人は泳ぐな、といったようなお節介が、格調高い七五調で20番まで歌われているのですからね。こんなぶっ飛んだサンプルを出しながら、著者は「唱歌」の本質について、我々の先入観を覆すという、小気味良い作業を進めて行きます。その結果行きついたのが、明治政府が目指した「音楽教育」の真の目的です。いやあ、このあたり、「推理小説」という惹句に決して偽りはありませんでした。
そこで「真相」が分かってしまうと、確かにこの時代の「唱歌」の稚拙さの意味もおのずと理解できるようになります。そして語られる、「鉄道唱歌」の真の姿。なんとも興奮してしまいますね。
もちろん、これは「推理小説」なのですから、「真犯人」をここで公にするといった「ネタバレ」はご法度です。それは実際に読んでいただくほかはありません。ただ、この本を読んですぐに連想したものについて語るぐらいのことだったら許されるのではないでしょうか。それは、このひと月の間、テレビやラジオから絶え間なく流れてきている「あの歌」のことです。「○んにちは、○りがとう」(別に伏せ字にすることはないか)という、詞も曲も、そして歌い方も稚拙極まりない歌なのですが、これなども著者の「コンテクスト」の中では確固とした意味を持っているように捉えられてしまうのです。そう、「唱歌」の時代に培われたノウハウは、こんな緊急時に便乗して「マナー」に名を借りたある種の統制意識を浸透させようとした時に、しっかり役立っていたのですね。
もう一つ、「卒業式の歌」に関する部分でも、最近抱いた疑問が見事に氷解したという、感動的な体験が待っていました。それは、さる音楽番組で最近の「卒業式で歌われる曲ランキング」をやっていた時に生じた疑問、今ではもはやだれも歌っていないのではと思っていた「仰げば尊し」が、堂々の1位に輝いていたのですよ。最近ではこんな時代錯誤も甚だしい歌は、とっくに「旅立ちの日に」や「大地賛頌」などにとって代わられたと思っていたので、これは意外でした。しかし、そこにはちゃんとした理由があったことが、この本を読めばいとも簡単に知ることが出来ますよ。
この手の本にはめずらしい「ですます体」を使ったかなり技巧的な文体から、著者の本心を探り当てるという「推理」まで加わって、たしかにスリリングな本に仕上がっています。

Book Artwork © Chuokoron-Shinsha, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-04-19 20:30 | 書籍 | Comments(0)