おやぢの部屋2
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BACH/St Matthew Passion
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Gerd Türk(Ev)
Peter Harvey(Jes)
Jos van Veldhoven/
The Netherlands Bach Society
CHANNEL/CCS SA 32511(hybrid SACD)




「ロ短調」「ヨハネ」でお馴染みの、電話帳のように分厚いブックレットとセットになった、フェルトホーフェンとオランダバッハ協会によるバッハの宗教曲のシリーズの「トリ」を務める「マタイ」です。相変わらずの、ムダに豪華なブックレットなものですから、本当に必要な録音データがなかなか見つからないのは困ったものです。これだけの紙面があるのなら、録音の時の写真などが有っても良さそうなものですが、その手のものは全く見あたりません。ま、これで価格が高くなっているわけではないので別に構いませんが、収納にははっきり言ってジャマ。
「ヨハネ」では「第1稿」などという珍しいものを使っていたフェルトホーフェンですが、今回の「マタイ」は特別な楽譜は使ってはいないようです。声楽の編成は以前と同じ基本的に1パート1人という、いわゆる「OVPP」で、部分的にリピエーノによって補強するというやり方です。ただ、リピエーノが施されるのはコーラス1だけ、コーラス2は常に「ソリ」で歌われます。あ、もちろん使われている楽器はピリオド楽器です。
ソリストたちがそのままコーラスを歌うという、殆ど「現代」におけるスタンダードと化したスタイルの中で、エヴァンゲリストとイエスを担当する歌手がどのようなスタンスをとるか、というあたりが、わずかに残された選択肢になるのでしょう、ここではエヴァンゲリストは専任でレシタティーヴォのみ、イエスは兼任でアリアも歌うという形になっています。
全体の演奏は、自然の流れに任せたなかなか心地よいものでした。フェルトホーフェンのとったテンポは、基本的に中庸、ごくたまにびっくりするような早いアリアなどが登場しますが、殆どの部分ではじっくり落ち着いて味わうことの出来る懐の深さを持ったものです。群衆のコーラスでも、刺激的な表現は避け、あえて滑らかな外観を保っているように見られます。例えば、50番に登場する「kreuzigen(十字架につけろ)」という歌詞に与えられたシンコペーションのリズムは、ありがちにスタッカートでゴツゴツ歌われるのではなく、殆どレガートであるかのように角が取れて、いともソフトな印象が与えられます。1番や68番といった大合唱も、最少人数ということもあって、決して大げさな素振りは見せない慎ましさが、静かな力となっています。
そんな中だからこそ、テュルクのドラマティックなレシタティーヴォが光ります。物語の進行は、この雄弁なエヴァンゲリストに任せておけば、安心していられます。ほんと、時にはきめ細かに、そして時にはダイナミックにと、彼の確かな表現力には感服です。
その他のソリストたちは、合唱と同じテイストの慎ましさがなかなかの魅力を与えてくれています。中でも、コーラス1のソプラノ、ベルギーの新星アマリリス・ディールティンスは、可憐そのものの美しい歌声を聴かせてくれます。この人の名前からして、なんとも美しいものでアリマス。軽快なテンポに乗った13番のアリアでは華麗に、そして49番のアリアでは、深刻さなど微塵も感じさせない澄みきった魅力で迫ってきます。もちろん、ルックスも文句なし、2008年にこのチームが来日して「ヨハネ」を演奏した時にはリピエーノに甘んじていたものが、今回は堂々のソロへの抜擢、新世代の「女神」として、これからのシーンを引っ張っていってくれることでしょう。
ちょっと残念だったのは、テュルクに代わってアリアを担当しているもう一人のテノール、ジュリアン・ポッジャーが20番のアリアであまりの格の違いを露呈してしまったこと。音程はひどいし、表現もあまりに雑過ぎます。それと、その曲と60番で加わっているコーラス2が、リピエーノがないためになんとも薄っぺらに聴こえてしまいました。それさえ除けば、これは存分に楽しめた「マタイ」です。

SACD Artwork © Channel Classics Records bv
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by jurassic_oyaji | 2011-05-01 22:59 | 合唱 | Comments(0)