おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
モーツァルトを「造った」男
c0039487_19442410.jpg








小宮正安著
講談社刊(講談社現代新書
2096
ISBN978-4-06-288096-1



「ケッヘル」と言えば、「モーツァルト」には必ず付いて回る「単語」として、よく知られています。もちろん、いやしくもクラシック音楽のファンを自負している人であれば、このモーツァルトのすべての作品につけられた番号が、人の名前に由来していることぐらいは知っているはずです。そう、モーツァルトの残したすべての作品を、初めてジャンル別に分類し、作曲年代順に番号を付けた人が、「ケッヘルさん」なのですね。しかし、このケッヘルさんがどんな人だったのか、ということについては、たとえば「植物学者であり、鉱物学者であった」ぐらい知っていればかなりのマニアとして尊敬されるほどです。そもそも、彼のフルネームさえ、完璧に知っている人などほとんどいないはずですし。一般には「ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル」と呼ばれている、この「植物学者」のちゃんとした名前は、「ルートヴィヒ・アロイス・フェルディナント・リッター・フォン・ケッヘル」という長ったらしいものなのですね。
そんな、ケッヘルの知られざる生い立ちや業績などを、詳細に語っているのが、この本です。おそらく、日本語でこれほど完璧に彼のことを扱った本などは、今までになかったのではないでしょうか。それだけではありません。これは、単なる評伝ではなく、彼がなぜモーツァルトの作品目録を作りたいと思ったかというようなことを、当時の社会情勢を交えて描いているのです。もちろん、それはその前後の世界史を俯瞰した上での壮大な視点に基づくものですから、必然的に彼と彼の仕事が歴史の中でどのように位置づけられているのかも、極めて的確に語られることになります。言ってみれば、一人の人間を通して見た、フランス革命以後から現代までに続くヨーロッパ史、これが面白くないはずがありません。
そもそも、ケッヘルという人は職業としての「植物学者」や、ましてや「音楽学者」ではなかったのだ、という指摘に、まず驚かされます。彼が生業としていたのは「家庭教師」だったのですね。それが、なんと時のハプスブルク皇帝フランツ一世の実弟、カール大公の家の家庭教師というのですから、すごいものです。もちろん、この時代のオーストリアの貴族の子女は、下々のものが通う学校になどは行かず、宮殿住み込みの多くの教師によって教育を受けるのが当たり前でしたから、家庭教師と言えども今の「カテキョウ」みたいなハンパなものではありませんでした。そんな「仕事」も、40歳になったあたりで「退職」するのですが、その時にケッヘルは一生何不自由なく生活できるほどの退職金を手にするのです。おまけに、家庭教師としての実績が認められて、彼自身が「貴族」にもなってしまうのですね。彼のフルネームの中の「リッター・フォン」というのが、貴族としての称号です。ちなみに、彼は生涯独身でした(「独身貴族」って)。
ですから、彼にとっての植物学や鉱物学、そして、幼少のころからたしなんでいた音楽や、敬愛していたモーツァルトの作品目録を作る仕事も、言ってみれば「アマチュア」としての立場での取り組みだったのですね。いや、ここではそれは「ディレッタント」という言葉で、まさに時代背景とともに語られます。彼が史上初めて行った、作曲家のすべての作品の目録の作成という仕事は、「自由人」ならではの視野の広さがあったからこそ成し遂げることが出来たのでしょう。
もう一つ、時代背景によって明らかになるのが、隣国ドイツに対しては、「音楽」によってしかアイデンティティを主張できなかったオーストリアの立場です。今では、ともすると「ドイツ」も「オーストリア」も一緒くたに語られがちですが、ケッヘルがモーツァルトにこだわったモチベーションは、あくまでオーストリア人としての愛国心だったのですね。「ケッヘルがいなかったら、モーツァルトは今ほどの人気は得られなかった」という著者の言葉には、重みがあります。タイトル通り、まさにモーツァルトはケッヘルによって「造られた」のですね。

Book Artwork © Kodansha
[PR]
by jurassic_oyaji | 2011-05-05 19:45 | 書籍 | Comments(0)