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オーケストラ大国アメリカ
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山田真一著
集英社刊(集英社新書0589)
ISBN978-4-08-720589-3



先日の大震災の影響で、「地震大国」という言葉があちこちから聞こえてきます。「地震が多い国」という意味なのでしょうが、こういう時に「大国」という言葉を使うのはちょっと変なのではないか、という素朴な疑問がわいてはきませんか?つまり今回取り上げる本のタイトルとなっている「オーケストラ大国」に使われている「大国」とは、微妙に意味が違っているような気がするのですよ。この本は、「ヨーロッパなどに比べて、アメリカという国はクラシック音楽では後進国だと思われているかもしれないが、決してヨーロッパには引けを取らないオーケストラがたくさんある国なのだ」ということを、歴史をさかのぼって詳細に述べているものなのですから、そこで使われている「大国」は、「レベルの高いオーケストラをたくさん抱える、文化的に優れた国」というニュアンスを持っているはずです。間違っても、「オーケストラがあまりに多いので、そこに暮らす住人は騒音によって非常な迷惑を被っている国」というネガティブな意味ではないはずですね。つまり、「大国」という言葉には、「他の国に比べて優れたものを持つ国」という、ポジティブな意味が込められているのではないでしょうか。「軍事大国」などというのも、「軍事」をポジティブなものと考える人たちは実際に存在することを前提とした、理にかなった言い方です。
ですから、「地震大国」と言った場合には、「地震」が、「他の国よりも優れている」国ということになってしまいます。これでは、まるで出来の悪いブラック・ジョークではありませんか。じょーく考えてほしいものです。
そんなことには関係なく、この本ではまず「ニューヨーク・フィルとウィーン・フィルは、同じ年に生まれた」という書き出しで、アメリカのオーケストラには伝統がないという偏見を取り除こうとしています。さらに、シカゴ交響楽団を例にとって、技術的にはヨーロッパのオーケストラを早い段階で追い越していたことも語られます。もちろん、ストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団で行った、楽器の配置の改革が、瞬く間に世界標準の並び方になってしまった事実に言及することも忘れてはいません。それらは、言ってみれば「伝統」に縛られることのなかった新世界がもたらした、一つの「発展」を、まざまざと見せつけるものだったのでしょう。
そして、ここで最も興味深く読めたのが、まさに新興国アメリカならではの録音産業とオーケストラとの関係です。なんと言っても、アメリカにはビクター(つまりRCA、後にはBMG)とコロムビア(つまりCBS、後にはSONY)という、ともにLPレコードや「ステレオ」の時代を牽引していた2つの大きなレーベルがありました。これらのレーベルとアメリカのオーケストラとのコラボレーションに関する記述は、まさにレコード産業の一つの黄金時代を見る思いです。コロムビアにはニューヨーク・フィル、クリーヴランド管、そしてフィラデルフィア管(後にビクターに移籍)、ビクターにはシカゴ響、ボストン響と、当時の名だたるオーケストラは、すべからくこの2大レーベルから膨大な録音ソフトを出し続けていたのですね。
その後、次第にEMIDECCAといったヨーロッパのレーベルもアメリカに進出し、その勢力分布も大きく変わることになるのですが、ここで述べられているのはそこまでです。その後の大レーベルのクラシック、特にオーケストラの録音に対する消極的な姿勢へのシフトは、ここでは決して語られることはありません。もはや、自主レーベル以外には活路を見いだすことは出来なくなってしまったアメリカのオーケストラ(いや、その辺の事情は他の国でも変わりません)、タイトルに「オーケストラ大国」と銘打った以上、著者はそのようなネガティブな姿は、取り上げることは出来なかったのでしょうね。

Book Artwork © Shueisha
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by jurassic_oyaji | 2011-05-09 19:47 | 書籍 | Comments(0)