おやぢの部屋2
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KEISER/Markus-Passion
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Bernhard Hirtreiter(Ev)
Hartmut Elbert(Jes)
Christian Brembeck/
Parthenia Vocal, Parthenia Baroque
CHRISTOPHORUS/CHR 77323




ご存じのように、バッハが1731年に作ったとされる「マルコ受難曲BWV247」の楽譜は現在ではまること(丸ごと)失われてしまっていて、そのテキストしか残ってはいません。ただ、アリアなどは他の教会カンタータから流用されたものであることは分かっているので、今ではなんとかそれらしいものに修復されて実際に聴くことは出来るようになっています。しかし、レシタティーヴォは全くのオリジナルのはずですから、それを「修復」するためには、次のいずれかの方法に頼る必要があります。

  1. 無いものはどうしようもないので、そのままテキスト(つまり、聖書の福音書)を朗読する(シュライアー盤ヴィレンス盤)。
  2. 「バッハならこうするだろう」と想像して、自分で作る、というか、でっちあげる(コープマン盤)。
  3. 同じ時代に作られた他の「マルコ受難曲」から流用する。

サイモン・ヘイズという人がとったのが、「3.」の選択肢でした。そこで彼が「流用した」とされるのが、このラインハルト・カイザーが作った「マルコ」なのです。
カイザーという人は1674年生まれ、11歳になった1685年(バッハの生年!)にライプツィヒの聖トマス教会付属学校に入学します。後に彼はオペラ作曲家として100曲以上のオペラを作り、ハンブルクのオペラハウスの指揮者を長年にわたって務めることになるのですが、晩年はハンブルク大聖堂のカントールとして、もっぱら宗教音楽を作り続けたということです。「マルコ」は1717年頃に作られました。
この曲に1993年に録音されたものがあるということで網を張っていたら、つい最近リイシューになったので、さっそく入手してみました。期せずして「ヘイズ版」の録音(Roy Goodman/EU Baroque Orchestra)も再発されましたし。
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BRILLIANT/94146

そんな、単なる「元ネタ」探しだけのために入手したCDでしたが、これがとても素晴らしい曲だったのには、正直驚いてしまいました。全体は2部に分かれていて、バッハまでの時代によく作られた「オラトリオ風受難曲」という様式にのっとったものなのですが、演奏時間は1時間、2時間や3時間は平気でかかってしまうバッハの受難曲に比べればずいぶんコンパクトな仕上がりです。その秘密は、アリアのコンパクトさ、最も長いものでも3分しかかかりませんから、特にアリアだといって身構えて聴く必要はなく、全体の流れの中でさりげなく味わえる、という趣です。
何よりも特徴的なのは、曲全体を覆っているイタリア的な明るさです。冒頭の合唱からして、軽やかなヴァイオリンに乗ったいとも開放的なテイストが印象的、重苦しさとは無縁な世界が広がっています。コラールも、かっちりと歌い上げるのではなく、細かい音符を使ったオブリガートの上に軽く合唱が乗っているというある意味スマートな扱いですし、極め付きはアリアのキャッチーさです。ペテロの否認のあとに歌われるテノールのアリアが、その代表、ペテロの切ない気持ちをストレートに、言い換えれば「ロマンティック」に歌い上げています。この1曲を聴くだけでも、この作品に出会えて良かった、と思えるほどのアリアです。作られたのはバッハより前(バッハがこの受難曲を実際にライプツィヒで演奏したことは確実なのだそうです)なのに、音楽的にははるかに「新しく」聴こえるのはなぜでしょう。
肝心の聞き比べの結果ですが、そもそも、この曲はバッハが目指したものとはかなりの隔たり(良い意味で)がありますから、そのまま「流用」することはできなかったのでしょう。確かにエヴァンゲリストのレシタティーヴォは全く同じものでしたが、群衆の叫びを合唱で表現しているところは大半は別物です。「バラバ」のくだりで「十字架にかけろ!」と叫んで間髪を入れずコラールを歌い出すというような軽いフットワーク(ある意味オペラティックな扱い)は、明らかにバッハとは無縁の世界です。

CD Artwork © MusiContact GmbH
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by jurassic_oyaji | 2011-05-21 21:10 | 合唱 | Comments(0)