おやぢの部屋2
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合唱団「萩」
 まさかこんな大ごとになるなんて、誰も予想していなかったのではないでしょうか。おそらく、当の出演者たちは、いとも淡々と演奏会をこなそうと準備をしていたはずです。しかし、蓋を開けてみれば会場は5階席まで満員だとか、最後の曲が終わる前に、すでに半数の人はスタンディングだったとか、なによりも日本からのマスコミがわざわざ会場まで乗り込んできていたというのですから、みんなびっくりしたでしょうね。
 私も、こんな事態ですからある程度の露出はあるのではないか、という予想はありました。しかしそれは例えばローカルニュースで軽く触れられる程度のものなのでは、と思っていたのです。ですから、日本時間では早朝にあった演奏会の模様が、その夜のNHKの全国ニュースで大々的に報道されたのには、本当に驚いてしまいました。かなり長い間演奏の映像を流した後には、団長のSさんのインタビューもしっかり放送していましたからね。スタンディング・オベーションの模様も、その映像からしっかり確かめることもできましたし。
 ただ、新聞には、私がとっている朝日に関してはなんの記事も載ってはいませんでした。しかし、それはやはり夕刊は配達されない地方版レベルの話ではなかったのですね。あとで知ったのですが、やはりその日の夕刊に、大々的に紹介されてたというのです。そして、これも後で知ったのですが、私はとっていない河北新報では、なんと夕刊と、そして全く同じ記事と写真が次の日の朝刊にも共同通信からの配信として載っていたのですね。
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 これは、YouTubeに投稿された映像からのキャプチャー、元はTBSのニュースです。つまり、この演奏会は、間違いなく全国レベルのニュースとして、かなり多くの人たちの目に留まることになったのでしょうね。「快挙」と言ってきた人もいましたね。
 そもそもの発端は、合唱界の重鎮O先生が、それまでに係わりのあった人たちを集めて行った「百貨店」という演奏会でした。その時の打ち上げで、NY在住のとあるメンバーが「このメンバーで、NYでのコンサートが開けたらいいね」という、いわば「酒の上での」提案をしたそうなのです。それからしばらくしてその話が具体化したものが、今回の「合唱団『萩』」という、O先生ゆかりの人たちが集まって作った合唱団が、NYのカーネギー・ホールで演奏会を開く、というプロジェクトです。実際は、「萩」の単独コンサートではなく、「日米合唱祭」みたいな、現地の合唱団との合同コンサートなんですけどね。開催日は2011年5月20日、その約1年前から月2回のペースで練習を始めて、3ステージ分の曲を仕上げようという計画でした。
 そのまま計画通りに事が運べば、それは、よくある「ウィーンのムジークフェライン・ザールで歌ってきました」みたいな、ある意味物見湯山的な海外ツアーとなっていたかもしれません。しかし、「3・11」によって、その辺の事情がガラリと変わってしまいました。いや、変わらざるを得なかったのです。NYへ行くためには。かくして、ほんの思い付きから始まった企画は、「『被災地』からやってきた合唱団のコンサート」という位置づけで、一躍、おおげさにいえば「全世界」からの注目を集めることになってしまったのです。ですから、今回の報道も、なるべくしてなったものだとも言えるのでしょう。
 私はといえば、当初からかかわらざるを得ない立場にはあったものの、実際にNYへ行くことなどは全く考えていませんでした。とてもそんな時間はとれそうにありませんでしたし、実際震災が起こってみると、別の意味で日本を離れることは出来なくなっていましたからね。ですから、もっぱら公式サイトの作成という立場でのみ、協力をしてきました。ご覧になっていただければ分かりますが、トップページではS団長のNYへの思いが語られています。なんでも、現地ではこのレジメのコピーを持って報道関係者が訪れたのだとか、そんなパブリシティの役割も、知らないうちに引き受けていたようですね。
 なにはともあれ、お疲れ様でした!
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by jurassic_oyaji | 2011-05-27 08:09 | 禁断 | Comments(0)