おやぢの部屋2
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Mostly Mozart
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Mojca Erdmann(Sop)
Andrea Marcon/
La Cetra Barockorchester Basel
DG/477 8979




以前「ツァイーデ」というモーツァルトの未完のジンクシュピールのDVDを見たことがありましたが、実は、あの上演は「アダマ」という新作とのマッシュアップでしたから、そんな破天荒な演出にばかり目が行ってしまって、そこで歌っていた人なんて全く印象には残っていませんでした。あそこでタイトルロールを歌っていたのが、今回ソロアルバムをリリースしたモイカ・エルトマンだったんですね。ジャケットの写真を見ても全く分かりませんでした。もいっかDVDを見なおせば、分かるのでしょうが、なんせもう二度と見たくなくなるようなプロダクションでしたからね。しかし、果たしてDVDでも分かるかどうかは疑問です。というのも、表はまるでメイド喫茶の店員のような蓮っ葉な顔とファッションですが、ブックレットの裏側にある写真では、まるで別人のようなしっとりとしたアダルトでフェミニンな容姿なのですからね。というか、これは絶対同じ人には見えませんってば。
とりあえず、この「表」の写真がアルバムのコンセプトを表現しているのだとしたら、その曲目を見てあまりの落差の大きさにたじろいでしまうはずです。どう見たって、アイドル(というか、ガキ)っぽいこのファッションでは、確か「ライト・クラシック」とか言っていたジャンルを想像しないわけにはいかないものが、歌われているのはモーツァルトはともかく、サリエリやパイジエッロ、そしてホルツバウアーなのですからね。つまり、モーツァルトと、その同時代、あるいは少し前の作曲家の作品を並べて聴くことによって、その時代のモーツァルトが置かれていた立場を浮き彫りにする、ぐらいの志が込められているのですから、すごいですね。そもそも、モーツァルトにしてもさっきの「ツァイーデ」からのアリアなどというマイナーなものから始まっていれば、おのずと期待せずにはいられないではありませんか。
その、「Tiger! Wetze die Klauen」という激しい歌から聴こえてきたのは、まさに「玉を転がす」ような美しい声でした。それは、どこまでも澄み切っていて、全く汚れを感じられない響きを持っていたのです。なんという魅力的な「声」なのでしょう。
そんな声ですから、当然「ドン・ジョヴァンニ」のツェルリーナや「フィガロ」のスザンナの持ち歌は外せません。ところが、「Batti, batti, o bel Masetto」というツェルリーナの歌が聴こえてきた時、「何か違う」という気持ちになってしまったのはなぜなのでしょう。思うに、スザンナにしてもツェルリーナにしても、ダ・ポンテによって磨き上げられたキャラは単なる「メイド」や「村娘」に終わることのないしたたかさを秘めているはずです。この歌にしても、「ぶってちょうだい」という猫なで声の陰にひそんでいるものまで表現しないと、ダ・ポンテとモーツァルトの本当のたくらみは見えてはこないはずです。そんな一ひねりも二ひねりもあるような「綾」が、エルトマンの歌からはまるで伝わってこないのですね。そう、彼女の歌はあくまで美しく清らかに響くだけ、決してそれ以下でもそれ以上でもないのが、「違う」と感じた原因だったのです。
こういう「歌」を、前にもどこかで聴いたことがあったことを思い出しました。それは、ヘイリーとかサラ・ブライトマンといった、まさに「ライト・クラシック」路線で大成功を収めているアーティストでした。彼女たちの声は確かに美しく、とびきり魅力的ではありますが、そこには何かを訴えようという力は全くありませんでした。うん、これで、なぜジャケットがこれほどまでに薄っぺらなものなのかも理解できます。
バックを務めているマルコン指揮の「ラ・チェトラ」は、バロックならではの味をこれでもかというぐらい仕掛けてきています。それに全く反応しないで、ひたすらマイペースを貫くエルトマン、もしかしたら、このミスマッチこそが「バロック」の真髄かも。深いです。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2011-06-08 19:46 | オペラ | Comments(0)