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メトロポリタン・オペラのすべて/名門歌劇場の世界戦略
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池原麻里子著
音楽之友社刊
ISBN978-4-276-21056-1



つい先日、映画館でMET(メット:ニューヨークのメトロポリタン歌劇場)のオペラが見られるという「ライブビューイング」についてある種の体験(いや、近くのシネコンで見ようと思ったら、地震の影響で打ちきりになっていた、というめったにないネガティブな体験ですが)があったばかりだというのに、なんともタイミング良くこんな本が出版されました。本当は、そんなことには関係なく、この時期にこのオペラハウスの引っ越し公演が日本で行われるのを見込んでのタイミングだったのですがね。しかし、もちろんこの本の中では、その引っ越し公演では誰しもが最も見たがったであろうネトレプコやカウフマンは、地震による原発事故の放射能を恐れて日本には来なかったなどという「最新の」情報が盛り込まれているわけはありません。ここで取り上げられているメインのテーマは、なんたって、2006年にこのオペラハウスの総裁に就任したピーター・ゲルブと、彼が行った「戦略」といった、「ほんのちょっと前」の情報なのですからね。
この本のサブタイトルを見た時に、それは予想されたことでした。まさに、著者が最も力を入れて語っているのは、その「戦略」についてでした。ゲルブという有能なビジネスマンがオペラハウスの「経営」を任された時に最初に行ったのが、この「ライブビューイング」(これが、日本側のネーミングで、正式には「MET Live in HD」だということを、初めて知りました)という、映画館でリアルタイムにオペラを上映するという試みでした。日本では時差もあって同時刻に上映するのは無理なので、タイムラグはできますが、中身は全く同じものが提供されています。ただ、日本での配給先が松竹だったものですから、最初は「魔笛を歌舞伎座で見よう」みたいなコピーで宣伝していたのがおかしかったですね。さすがに、今は普通の映画館での上映になっていますが。
その、記念すべき最初の「ライブ」の演目が、悪名高いジュリー・テイモアの「魔笛」だったにもかかわらず、この試みは着実に支持者を増やしていったというのですから、面白いものです。年を追うごとに上映館も世界中に広がり、今シーズンは12もの演目が取り上げられるようになりました。ゲルブの「戦略」は、見事に成功したのでしょう。そのおかげで、今ではかなり田舎のシネコンにもかかります。途中打ち切りにはなりましたが。
これは、丸ごとのパッケージでテレビで放映されたりDVDになったりしていますから、別に映画館に行かなくても見ることはできます。今までのオペラのライブビデオと明らかに異なるのが、まさに「生」ならではのその場の臨場感を大切にした幕間のインタビューなどです。その制作現場に立ち会った著者のレポートが、その舞台裏を生々しく伝えています。インタビューにはきちんとリハーサルが設けられていて、そこにはしっかり台本なども用意されているのですね。確かに、これだけ周到に準備されているのですから、今歌ってきたばかりの歌手から興奮気味のコメントを紹介する場面などは、時にはオペラ本体よりも面白いものに仕上がっているのもうなずけます。
その他に、このオペラハウスの基本的な情報を的確にまとめているのも、なかなかのものです。歴史的には、それぞれの総裁の時代のプロダクションのリストなど、とても貴重なものですし、スタッフの年収まで分かるのですから、すごいものです。
巻末には、ここに出演した歌手たちのプロフィールが列挙されています。これも、ちょっと気の利いたコメントが、ひと味違います。「気難しいソプラノとして有名」などとこき下ろされている人もいますし。でも、デボラ・ヴォイトが「トリスタン」を歌ったというのは、単なる勘違いでしょうね。なんたって、著者は年季の入ったオペラファンなのだそうですから。

Book Artwork © Ongakunotomo-sha
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by jurassic_oyaji | 2011-06-16 19:48 | 書籍 | Comments(0)