おやぢの部屋2
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BACH/Passio secundum Johannem
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Maria Keohane(Sop), Carlos Mena(Alt)
Hans-Jörg Mammel, Jan Kobow(Ten)
Matthias Vieweg, Stephan MacLeod(Bas)
Philippe Pierlot/
Ricercar Consort
MIRARE/MIR 136




以前「マニフィカート」でなかなか心地よい演奏を聴かせてくれたピエルロとリチェルカール・コンソートが、あの時とほとんど同じ歌手のチームで「ヨハネ」を録音してくれました。ジャケットの絵が、作者は違いますが同じようなタッチのものが選ばれているのも、共通のコンセプトを意識してのことなのでしょうか。「マニフィカート」では聖母マリアがトリミングされていましたが、実際はその眼差しの先には幼子イエスが無邪気に遊んでいたはずです。しかし、今回の「ヨハネ」では、同じ聖母マリアが、埋葬するために十字架から下ろされたイエスの遺体を膝の上に抱えているという「ピエタ」からのカットが使われています。
この曲の場合真っ先にチェックするのは「稿」に関しての情報です。まずライナーを読んでみると「ピエルロが行った1724年の第1稿の録音に、第2稿からの曲を2曲加えた」と書いてあったので、ちょっと期待してみました。なにしろ今まで「第1稿」で録音されたものはフェルトホーフェン盤しかありませんでしたからね。タイトルだって「バッハのヨハネ受難曲(1724/25)」ですよ。2つ目の「第1稿」でしょうか。
しかし、実際に聴いてみると、それは全くのデタラメでした。少し前にアレ盤でも似たようなことがありましたが(こちらは「第2稿」という「偽装」でした)、今回のライナーで「1724年の第1稿」と言われているものはただの新全集版(つまり、1739年の未完のスコアを元に校訂されたもの)でしかなかったのですよ。この両者は、確かに構成されている曲は全く同じですが、それぞれの曲は中身が微妙に異なっています。9番のアリアや38番のレシタティーヴォでは小節数まで違うのですからね(ご参考までに、9番の小節数は第1稿~第3稿:171小節、第4稿:172小節、1739年稿:164小節。それに対してピエルロ盤もアレ盤も演奏されているのは164小節)。こういう、「稿」の意味をはき違えている(というか、実態を知らない)いい加減なライナーは困ったものです。ですから、これを鵜呑みにして、「レコ芸」7月号にレビューを書いた「ジャーナリスト」は、赤っ恥をかいたことになりますね。楽譜も持たずに「稿」を語ろうとすると、こういう痛い目に遭ってしまいます。
なにしろ、最近ガーディナーブリュッヘンという2人の「巨匠」の録音を聴いたばかりですから、ピエルロのような「中堅」にはちょっと分が悪いのは仕方がありません。なによりも、エヴァンゲリストとイエスを担当しているマンメルとヴィーヴェークは明らかに力不足、マンメルは13番のアリアも歌っていますが、それもなんだか危なっかしいものでしたし。
合唱の部分は、各パート2人ずつで歌うというプランになっています。いわゆる「OVPP」の倍、という形なので、普通はこれでかなり厚みが出てくるものです。さっきのアレ盤なども同じ編成でしたが、迫力という点では圧倒されるものがありました。しかし、こちらは最初から迫力勝負は避けているような潔さがあります。あえてドラマティックな表現はスルーして、もっと音楽的な美しさを追求しようという姿勢なのでしょう。正直、この曲にその様なアプローチがふさわしいかどうかは分かりませんが、確かに「マニフィカート」からの流れだったら、それもありかな、という気にはなります。
その前作でも素晴らしかったアルトのメーナも30番のアリアでは、変に深刻ぶったりせずにとても美しい歌い方を披露してくれています。この曲のガンバのオブリガートは、なんとピエルロ自身が演奏しています。それも、ピュアな音色が美しい名演です。そして、出色はソプラノのケオハネでしょう。なんせ、彼女はフェルトホーフェンが来日してこの曲を演奏した時にも参加していましたから、「本物の」第1稿を歌ったことだってあるのですよ(キングインターが付けた表記が「キーオヘイン」ですって)。

CD Artwork © Mirare
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by jurassic_oyaji | 2011-06-24 19:49 | 合唱 | Comments(0)