おやぢの部屋2
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MAHLER/Symphonie No.2
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Christiane Oelze(Sop), Michaela Schuster(MS)
Marcus Stenz/
Kartäuserkantorei Köln, Bach-Verein Köln, Figralchor Bonn
Madrigalchor und Kammerchor der Hochschule für Musik Köln
Gürzenich-Orchester Köln
OEHMS/OC 647(hybrid SACD)




こちらを見て頂ければ分かるように、このページで今まで取り上げてきたマーラーの交響曲の嗜好には、明らかな偏りが存在しています。これだけ多くのCDが紹介されている中で、「3番」や「7番」、そして「10番」は全く取り上げられてはいないのですね。正直、「3番」などは冒頭のノーテンキなファンファーレを聴いただけでどっ白け(死語:「どっちらけ」と読みます)ですし、「7番」も終楽章の、本当になにも考えていないような明るさには、到底ついていけない思いに駆られてしまいます。
逆に多いのは、実際に演奏したことのある「1番」、「5番」ですが、「9番」も演奏していたにもかかわらずちょっと少なくなっているのはトップを吹いていなかったためです。パートによって、思い入れがガラリと変わってしまうのは仕方がありません。しかし、なんと言っても多いのは「2番」でしょう。もちろん、こんな大規模な作品はとても実際に演奏できる見込みはありませんが(バンダの人数がハンパではありませんし、オルガンも入ります)、フルートパートと合唱パートがとてもおいしいので、晴れて最高位にランクされることになりました。
実際、フルート吹きにとっては、マーラーはそんなに面白いものではありません。まず、マーラーはフルートに対して明らかに偏見があることは、その使い方のいたるところで感じられます。そもそも、彼はフルートの力を正当に評価していないのには、常に腹が立っています。他の木管がソロで出てくるパッセージが、フルートになるとほとんど2本重ねて吹くようになっているのですからね。あとは、ヴァイオリンの超絶技巧で迫る難しいパッセージをユニゾンで吹かせたり、とんでもない高音が出てきたりと、そのサディスティックな扱いぶりは目に余ります。
そんな中で、この「2番」では、終楽章の後半に、フルートと、そしてピッコロによって延々と続くソリスティックな部分が設けられているのですから、それだけでも嬉しくなってしまいます。そして、それが静かに終わったところで、やおらア・カペラの合唱が登場、この見事な場面転換は、いつ聴いても鳥肌が立ちます。
その「2番」の最新の録音が、これです。2010年の1023日から27日にかけて行われたコンサートの録音を編集したものですが、指揮者のシュテンツは、その直後、11月の19日と20日にNHK交響楽団と、この同じ曲を演奏しているのですね。もちろん東京で。その模様はテレビで放映されたので見ているのですが、オーケストラがあまりにもだらしないのにがっかりしてしまいました。肝心の金管楽器が、聴かせどころでことごとく自滅していたのですね。
しかし、シュテンツの手兵、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団はそんなことはなく、どんなところでも求められる最高の音を提供してくれています。特にホルン・セクションの安定感は、見事です。それを操るシュテンツも、とても伸びやかなマーラーを聴かせてくれています。つまり、前回のユロフスキのような作為的なところがまるで感じられず、その音楽をごく自然に受け止めることが出来るのです。
そして、最後に出てくる合唱が素敵でした。たくさんの合唱団が集まっているようですが、それぞれの団体の名前から想像すると、普段は宗教曲を演奏していたり、まだ学生のような若い人が多かったりする感じがしませんか?確かに、聴いてみると音色はあくまで澄んでいて、その上ちょっとダークな面があるという、この曲にはうってつけのものでした。ソプラノとメゾのソリストが、この合唱に見合うだけの敬虔さを備えていてくれれば、言うことはなかったのですが。
でも、これだったら充分「復興支援」の役には立つはずです。

SACD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2011-07-24 22:22 | オーケストラ | Comments(0)