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人生が深まるクラシック音楽入門
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伊東乾著
幻冬舎刊(幻冬舎新書220)

ISBN978-4-344-98221-5



「指揮者の仕事術」という衝撃的な本をお書きになった伊東さんの、最新のクラシック本です。今回は「入門」というタイトルにもある通り、これから「クラシック音楽」を聴こうとする人に対するガイド、といった性格が強調されているようです。ですから、あくまで対象は「初心者」、そのためにはまず「クラシック音楽とはなにか」という素朴な疑問に対して答える、という姿勢が見られるのは、至極順当な手順です。
そこで、まず著者が提供するのは、「初心者」には混乱を誘いかねないこんな疑問です。いわゆる「クラシック音楽」というのは1000年以上の歴史があるにもかかわらず、ほんの数百年前に作られた音楽が「古典」とか「クラシック」と呼ばれているのはなぜなのだろう。これは、さも音楽史の盲点を突いたかに見える問いかけです。そこで著者は、「ドイツ人たちが、ドイツ音楽の優位性を主張するために、そのように呼び始めた」と、一見それまでだれも指摘しなかったかに思えるような言い方で斬新な説を披露しています。でも、これは別に目新しい考えではなく、すでにほぼ「常識」とされているものであることは、たとえば石井宏さんの著書を読めば明らかです。
そんな、今では常識となっていることをことさら得意げに披露するのを読んでいると、なんだか著者の思考はそれほど深いものではないように思えてくるから、不思議なものです。ただ、ここあたりは、まだご愛嬌で済まされるものなのかもしれませんが、逆に、今では完全に間違いであるとされていることを、臆面もなく語っていたりすると、それはちょっとまずいのではないか、と心配になってきます。なにしろ相手は「初心者」なのですから、偉い「先生」が書いたことであれば、何の疑いもなく信じ込んでしまいますからね。
それは、いたるところで見受けられます。まず驚いたのが、「バッハは『平均律』的な調律を愛用した」という記述です。おそらく、著者はバッハが使ったものがいわゆる「平均律」でないことはちゃんと承知していたのでしょう。そのうえで、分かりやすいように「『平均律』的」などというあいまいな言い方を使ったのでしょうが、これでは「初心者」には大切なことは伝わりません。著者は「科学者」としても著名な方のようですが、このように物事を単純化して「わかりやすく」説明したがるのは、「科学者」の悪い癖です。
もう一つ、「バッハは、カトリック教会からの依頼によって『ロ短調ミサ』を作った」という、とんでもない「新説」まで披露してくれます。とは言っても、これが今では誰からも顧みられない主張であることは明らか、なんだかかわいそうになってきます。
同じバロックの音楽でも、イタリアとドイツとでは全く異なることを解明するために、それぞれの国の教会の建築様式から説き起こす、などというのも、なかなか面白い視点ですが、そのまとめとして、同じ「通奏低音」と呼ばれているものが「イタリア語では『バッソ・コンティニュオ』だけど、ドイツ語では『ゲネラル・バス』だから、全く別物」とあったのには、思わず爆笑です。
なぜ、こんなにも大雑把な本が出来上がってしまったのだろうという疑問は、「あとがき」を読むことによって氷解しました。これは、インタビューを他の人が起こした原稿をもとにして作られたものだ、というのです。言ってみれば「ゴーストライター」の手になるタレント本のようなものだったのですね。使い捨てですか(それは「100円ライター」)。最終的には本人による推敲の手は入っているとは言っていますが、その程度の安直なスタンスで作られたものであれば、こんな隙だらけの本が出来るのも納得です。さっきのようなことは、ちょっと文献を調べればすぐ分かるような事ばかりなのですから。
ちょっと、「初心者」をなめてはいませんか?

Book Artwork © Gentosha
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by jurassic_oyaji | 2011-08-05 20:57 | 書籍 | Comments(0)