ハルモニア・アンサンブル
BRAIN/OSBR-28003
昨年の合唱コンクール全国大会に彗星のように現れ、初出場でシード付きの金賞をかっさらってしまったのが、この「ハルモニア・アンサンブル」です。ちょっと匂います(それは「
アンモニア」)。メンバーはそれぞれがかなりの実力の持ち主、中には現役の音大生もいるそうです。そして、
20人以上の規模ながら指揮者を置かないで演奏しています。彼らは日本のコンクールには飽き足らず、今年の5月にフランスで行われた「フロリレージュ国際合唱コンクール」という由緒あるところにも参戦、そこでも堂々のグランプリを獲得しています。この
CDはその直後、6月
25日に東京で行われた「凱旋コンサート」のライブ録音です。
「音大生が作った合唱団」というと、なにかソリストになり損ねた人が集まったような印象がありますが、そんな先入観を持って聴き始めると、それは完璧に裏切られるはずです。彼らの声はあくまでも合唱をやるために精進を重ねたものだったのですね。ですから、女声は完全にノン・ビブラートで歌っていて、どこぞの合唱団のように自分が目立ちたいために大声を張り上げるような人は誰もいません。男声は、そもそもそんな主張とは無縁な「草食系」、ひたすら自我を殺してハーモニーに奉仕するのが生きがい、といった感じの人が集まっていますから(違ってたりして)、そんな合唱団が美しくないはずがありません。なんでも、彼らは「発声指導」を、あの波多野睦美さんにお願いしているのだそうですね。それだけでも、どういう合唱団を目指しているのかが分かろうというものです。
ここでは、全部で
20曲、正味の演奏時間が70分ちょっとですから、おそらく演奏会のほぼ全部の曲目をカバーしているのでしょう。この曲順が、コンサートをそのまま反映しているかはあいにく分かりませんが、それは、普通の「合唱団」のプラグラミングとは大きく異なったものです。「普通」は、組曲だったり関連のある曲をまとめた複数の「ステージ」が設けられるものなのですが、ここではそんなことにはこだわらず、ひたすら関連性のない曲をつなげています。ウィテカーの後に間宮の「コンポジション」をやったと思えば、そのすぐ後にまたウィテカーといったように、まさに予測不能の自由さに支配されたプログラミングです。余談ですが、先日そのウィテカーの講習会が行われた時にこの合唱団も演奏で参加していたのですが、それを聴いていたやはり金賞を獲得した別の合唱団の団員が、自身のブログで「とても同じ土俵では勝負できない」と、舌を巻いていましたね。
CDで聴いても、彼らの演奏はすごいものでした。とてもライブとは思えないほどの完璧なハーモニー、そして、指揮者がいないとは思えないほどの豊かな表現力です。コスティアイネンの「
Sanctus」のような複雑な曲を指揮者なしで歌えるなんて、まさに奇跡です。
特に素晴らしいのは、さっきの「コンポジション」や、松下耕の「狩股ぬくいちゃ」のような、伝統的な素材を使った作品です。技術的なことを克服するのは当たり前という前提の上で、さらに高い次元の表現を実現、「狩股」では沖縄の発声やピッチ感までしっかり再現していますし。田中利光の「春」での津軽弁のイントネーションも、完璧です。
それに比べると、プーランクやデュリュフレでは、ちょっと表現が硬すぎるような気もしますが、それはこれからの課題なのかもしれません。彼らだったら、おそらくフランス人以上にフランス風のプーランクだっていずれは出来てしまうことでしょう。なんたって、最後の2曲はまさにジャズ・コーラスとゴスペルそのものに仕上がっていますからね。
この
CDの最大の欠点は、これを聴いてしまうと、もう合唱をやめたくなってしまうことです。もしあなたが、今いる合唱団でそこそこ満足しているのであれば、決してこの
CDを聴いてはいけません。
CD Artwork © Brain Company, Limited