おやぢの部屋2
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Fantasiestücke
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岩間丈正(Fl)
長尾洋史
(Pf)
ALM/ALCD-3092




1963年生まれ、現在は演奏活動とともに精力的に後進の指導にあたっているフルーティストの岩間さんは、11歳でフルートを始め、15歳の時には、あの日本フルート界の先駆者、吉田雅夫氏の教えを受けています。その後、武蔵野音大を経てドイツに留学、ミュンヘン国立大学でパウル・マイゼンの指導を受けたという、華麗な経歴の持ち主です。
アルバムタイトルは「幻想小曲集」、そんな名前の作品は、フルートのレパートリーにはありませんから、一瞬不審に感じられるかもしれませんが、これはシューマンが作ったクラリネットとピアノのための曲のタイトルなのです。本来クラリネットで演奏されるパートを、ここではフルートで演奏しているのですね。このアルバムには、その他にもシューマンの曲が取り上げられていますが、それらはやはりフルート以外の楽器のために作られたものでした。というか、シューマンは「フルート・ソナタ」や「フルート四重奏」、ましてや「フルート協奏曲」といった、フルートのための作品は1曲も作ってはくれなかったのですよ。
これは、シューマンに限らず、この時代の作曲家にはよく見られる傾向です。彼の「仲間」であるブラームスも、やはりフルート曲は作ってはいません。なんといっても、この頃のフルートという楽器は、こういうロマン派の情感をたっぷりと歌わせるには、ちょっと荷が重い楽器だと思われも仕方がないようなものでした。
しかし、現在使われている楽器はシューマンの時代とは大きく変わっています。それは、いかにも鄙びた繊細な音色を捨てた代わりに、近代オーケストラをバックにしても充分に主張できるだけの音量と、表現力を手に入れた、同じ「フルート」とは言ってもほとんど別の楽器といっても構わないほどの変貌を遂げたものでした。ですから、クラリネットのために作られた「幻想小曲集」にしても、オーボエのために作られた「3つのロマンス」にしても、ホルンのために作られた「アダージョとアレグロ」にしても、さらにはチェロのための「民謡風の小品」だって、現代のフルートによってなんの遜色もなく作曲家の意図を表現することが出来るようになったのです。
あとは、聴き手の問題でしょうか。クラリネットやオーボエの独特の音色にこだわって、決して他の楽器は認めないという潔癖感の持ち主はどこにでもいます。しかし、そんな人も、おそらくこの岩間さんのフルートを聴けば、少しは歩み寄ってはくれるのではないでしょうか。彼のフルートは、師匠マイゼン譲りのとても幅広い豊かな音色を持っています。特に低音には、普通のフルーティストではあまり感じられない独特の「甘さ」が漂っています。もしかしたら、岩間さんはこの「武器」があるから、あえてシューマンのトランスクリプションに挑戦したのではないかと思えるほどに、それは魅力にあふれた音色です。
同じような試みを、彼はモーツァルトに対しても行っています。ホ短調のヴァイオリン・ソナタK304をフルートで演奏しようというのです。確かに短調の曲ですから、彼のフルートにはもってこいなのでしょうが、あまりにロマン派的なアプローチは、最近のモーツァルト事情からすると、ちょっと違和感が残ります。
もちろん、最初からフルートのために作られた「ロマンティック」な曲も、忘れてはいませんよ。それは、クーラウの長大な「ディヴェルティメントop68-6」と、ロマン派ではほとんど唯一のフルートのためのソナタ、ライネッケの「ウンディーヌ」です。やはりオリジナルならではのフルートっぽさは、編曲ものの比ではありません(雲泥の差)。それぞれに、ピアノの長尾さんのサポートが光る熱演ですが、すでに多くの名演がある中では、ちょっと影が薄くなってしまいそう。

CD Artwork © Kojima Recordings, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-09-12 20:04 | フルート | Comments(0)