おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
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Elizabeth Watts(Sop), Phyllis Pancella(MS)
Andrew Kennedy(Ten), Eric Owens(Bas)
Harry Christophers/
Handel and Haydn Society
CORO/COR16093




200年近くの歴史を誇るアメリカの演奏団体「ヘンデル・ハイドン協会」は、その名の通り、バロックや古典派の宗教作品のアメリカ初演を数多く手がけてきたそうです。「メサイア」や「天地創造」、そしてバッハの「ロ短調」や「マタイ」はもとより、なんとヴェルディの「レクイエム」でさえここが初演しているというのですから、その由緒の正しさといったらハンパではありません。おそらく、200年の間には、その時々に「オーセンティック」と考えられていた演奏法を採用していたのでしょうから、そんな演奏様式に関しても一つの団体でありながら多くの変遷を経てきた歴史があるのでしょうね。
そして、「現代」に於いては、当然「HIP」が追求されていることでしょう。いや、別に「おしり」を追いかけるといったような怪しい行動ではありませんし、決して「ヒップ・ホップ」でもあり得ません。これは「Historically Informed Performance」を略したもの、最近の「オーセンティック」業界の合い言葉です。つまり、歴史的な情報の裏付けのある演奏、そのためには楽器も楽譜も、そして演奏法も「歴史」から学ばなければなりません。
そう思って、このCDのブックレットにある写真を見てみると、チェロにはエンドピンがありますし、ヴァイオリンの指板も「歴史的」に見たらずいぶん長目の楽器を使っているようですが、まあ、その辺は色々と事情があるのでしょう。とりあえずピッチは「歴史的」ですし、フレージングなども「歴史的」っぽいので、いいんじゃないですか。ただ、声楽陣は、どうも「歴史的」にはほど遠い、ちょっと頑張りすぎた歌い方なのは、気に入りません。ま、趣味の問題でしょうが。
「頑張る」といえば、この演奏がボストンのシンフォニー・ホールで行われたのが2011年の4月29日と5月1日というのが、ちょっと気になるところです。もちろんまだおぼえているでしょうが、この1ヶ月半ほど前に、日本では多くの人がとんでもない惨事に巻き込まれていました。おそらく、国内ではまともなコンサートなどはほとんど開かれてはいなかったのではないでしょうか。開かれたとしても、それは「復興支援」とか「チャリティ」といった「枕詞」が必ずついたものだったはずです。
これはもう、世界中の人にショックを与えた出来事だったような記憶があります。とりあえず「支援」を表明したり、力強い言葉で「励まし」てくれた人も多かったことでしょう。しばらくすると、今度は放射能汚染を嫌がって日本には来たがらなくなった人が現れたりもしましたが(特にオペラ関係)、良きにつけ悪しきにつけ、人間の心は正直なことを実感することになるのです。
そんな「正直」な人のたくさんいるアメリカのことですから、そこで「レクイエム」を演奏したとしたら、当然何らかの思いが込められるのだろう、と、だれしもが思うはずです。そんなことは、このCDでは一言も触れられてはいませんが、この「頑張った」歌い方は、間違いなくそんな熱い思いを演奏に込めたものだという気がしてたまりません。あなたたちが立ち直るために、私たちも、せめて音楽を通して、頑張ることを伝えたい、そんなメッセージがやかましいほど伝わってくるのですね。「Lacrimosa」あたりが、その極致でしょうか、ひっそりと穏やかに始まるかに見せて、最後にはこれでもかという「絶叫」で思いの丈を届けた気になっているのですから、たまりません。そういう「真心」は、「偽善」と紙一重と思われても仕方がありません。
そのあとに演奏されているのが、モーツァルトのコントラバスのオブリガート付きという珍しいバスのアリアです。決してヘタな奏者ではないのでしょうが、楽器の限界を超えたところへの挑戦は、笑いを誘うものでしかありません。あれだけ熱く「鎮魂」を語ったあとでの、この落差、やはり、彼らは「ニホンの震災」のことなどは、なにも考えていなかったのかもしれません。

CD Artwork © The Sixteen Productions
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by jurassic_oyaji | 2011-09-20 23:06 | 合唱 | Comments(0)