おやぢの部屋2
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FAURÉ/Requiem
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Victoria De Los Angeles(Sop)
Dietrich Fischer-Dieskau(Bar)
André Cluytens/
Choeurs Elisabeth Brasseur
Orchestre de la Société des Concerts du Concervatoire
ESOTERIC/ESSE-90055(hybrid SACD)




1962年に録音された永遠の名盤、クリュイタンス指揮のフォーレの「レクイエム」がついにSACD化されました。しかも、望みうる最高のマスタリングで。
このアルバムは、LP時代から愛聴していたもので、確かに愛着のたっぷり詰まった録音でした。しかし、この曲を巡る状況は、現在ではその頃とは大きく変わってしまいました。クリュイタンスが録音した当時は、当然この曲の楽譜は「第3稿」と呼ばれるフルサイズのオーケストラ(実際は、木管楽器などは出番が1曲しかないという不思議なオーケストレーションなのですが)のものしかありませんでした。しかし、その後、これは出版社の要請で仕方なく作った編成、しかもフォーレ自身の手によるものではないことも分かってきて、本来の小さな編成の演奏の試みが広く行われるようになってくると、どうしてもその重っ苦しさが鬱陶しく感じられてしまい、次第に聴くこともなくなっていきました。
でも、やはり手元に置いておいて、なにかの時には聴くべきものだ、との意識は残っていたのでしょう、LPはとっくの昔に手放してしまったので、とりあえずCD化されたものを入手してみました。1998年の「ARTマスタリング」盤です。
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しかし、これで聴き直してみても、やはり古めかしい演奏にしか聴こえませんでした。合唱のレベルが、とても今の感覚では鑑賞に堪えられないのですね。
そして、今回のSACDの登場です。マスタリングはもちろん杉本さんです。ケースを開けると、薄っぺらな紙が入っていて、そこにはプロデューサーの大間知さんの、「オリジナルテープにあったヒスノイズは、あえて除去しませんでした」というようなコメントがありました。そもそも、杉本さんのマスタリングでは安直にヒスノイズをカットしてだらしのない音に変えてしまうようなことはしていなかったはずなので、何を今さら、という感じだったのですが、さっきの「ART」と聴き比べてみると、その意味が分かりました。「ART」では、ものの見事にヒスノイズがなくなっているのですね。そして、その代償として、オケも合唱も、なんとも薄っぺらな音になってしまっているのですよ。例えば、「In Paradisum」に現れる、第3稿の最大の特徴であるヴァイオリンの輝かしい煌めきが、このSACDでは神々しいほどに広がって聴こえてくるというのに、「ART」のCDではなんの高ぶりも感じることの出来ない平凡な音に変わってしまっているのです。
そんな、言ってみれば、録音された音の生命を保つためには、「邪魔」なノイズまできっちりと残すという「攻め」に徹したマスタリングの結果、このSACDでは、EMIによってCD化された時に失われてしまった「生命」が、見事に蘇っているのですよ。合唱などは、CDではただのヘタな合唱にしか聴こえなかったものが、ここでは、メンバー一人一人がそれぞれの思いで「祈り」を込めて歌っていることが良く分かるのです。そんな、てんでバラバラな歌い方で、方向が一つにまとまっていない合唱なんて、現代の合唱界ではまず顧みられることはない、アンサンブルとしては不完全なものなのかもしれませんが、現実にそんな「ヘテロ」としての訴えかけが持つとてつもない力を体験してしまうと、これは確かにものすごいもののように思えてきます。
録音の時にはまだ30代だったフィッシャー・ディースカウですが、このSACDではその完璧な声のコントロールぶりをまざまざと体験できます。音色やダイナミックスを、ものすごい精度で制御、しかも、そこには確かな情感も込めるというのですから、まさに神業、こんな凄さも、CDではまず味わえません。
ただ、ロス・アンヘレスは、逆に、そのマスタリングによって、現在では到底この曲のソプラノとしては受け入れられないものになっていることを再確認です。
録音会場の外を走る車の音までも、なんとリアルに聴こえることでしょう。

SACD Artwork © Esoteric Company
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by jurassic_oyaji | 2011-09-28 20:17 | 合唱 | Comments(0)