おやぢの部屋2
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BACH/Cantatas Vol.26
野々下由香里(Sop)
Timothy Kenworthy-Brown(CT)
櫻田亮(Ten)
Peter Kooij(Bas)
鈴木雅明/
Bach Collegium Japan
BIS/CD-1401



バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハのカンタータ全集も、作曲年代順に録音するという形で着実に進行しているようですね。ちょっと油断してこの26巻を聴かないでいたら、もうすでに27巻が出てしまったぐらいですから、「コレキリヨ」と終わってしまうことなど、あり得ないでしょう。プロジェクトもいよいよ中盤にさしかかり、カンタータの宝庫、ライプチヒ時代2年目の1724年もそろそろ終わろうとしているところです。このアルバムにはその年の10月8日に演奏されたBWV96「主キリスト、神のひとり子」、1022日に演奏されたBWV180「装いせよ、おお、わが魂よ」そしてクリスマスの次の日曜日1231に演奏されたBWV122「新たに生まれし嬰児」の3曲が収録されています。
ここで、ちょっと楽器編成について気が付いたことを。例えば、BWV122では、管楽器はリコーダー3本とオーボエ3本(うち1本はオーボエ・ダ・カッチャ)というように、6人の奏者が必要とされるような指定になっています。実際、ここで演奏しているBCJも、それぞれの専門の演奏家を用意して録音に臨んでいるのですが、厳密なことをいえばこれはバッハ当時の「オリジナル」な姿ではないのです。と言うのも、この曲では6人の管楽器が同時に演奏するという場面は存在しておらず、必ず「リコーダーだけ3本」か、「オーボエ族だけ3本」という形になっています。つまり、トーマス教会のバルコニーにいたのは3人の管楽器奏者だけ、彼らはそれぞれリコーダーとオーボエを持ち替えて演奏していたのです。今で言えば、ジャズのマルチリードのようなものでしょうか、当時の管楽器奏者(実は、そんなたいしたものではなく、言ってみれば単なる楽士)は、一人で数多くの楽器がこなせないことには、生活していくことは出来なかったのでしょう。少し人員に余裕があるときには、バッハはBWV180のように、2本のリコーダーと2本のオーボエを同時に使って、華やかなサウンドを提供するときもありましたが、ここでも、テノールのアリアの時のオブリガートに用いられているフラウト・トラベルソは、さっきまでリコーダーを吹いていた人が演奏していたのです。
管楽器のオブリガートでひときわ耳を引くのは、BWV96でのソプラニーノ・リコーダーでしょう。演奏しているこの楽器のスペシャリスト向江昭雅は、見事なまでのテクニックで爽快感あふれるプレイを披露してくれています。しかし、これほど分業化が進んだ現代ではなく、18世紀のバッハの時代には、掛け持ちの楽士がほとんど初見でにこれだけの演奏を行うことが要求されていたのだと考えると、ちょっとすごいことだとは思えませんか?
声楽陣での最大の収穫は、テノールの櫻田亮でしょう。無理のない発声、魅力的な音色、完璧なテクニック、どれをとっても素晴らしいものです。以前はこんな強烈な印象はなかったのですが、いつの間にこれほどの成長を遂げたのでしょう。ただ、各パート3人ずつ(うち1人はソリスト)という合唱は、それぞれの生の声が聞こえてしまってちょっと感心できません。オリジナルに立ち返れば、人数的にはこれが妥当なところなのでしょうが、メンバーの主張が強すぎては、なんにもなりません。
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by jurassic_oyaji | 2005-05-05 19:25 | 合唱 | Comments(1)
Commented by bwv54 at 2005-05-06 00:27 x
こんばんは。ご挨拶が遅れてしまいまして、申し訳ありません。実は前々から、おやぢの部屋の愛読者でした・・・。
リンクまでしていただいて、本当にありがとうございます。こちらからもリンクさせていただきました。どうぞよろしくお願いします。