おやぢの部屋2
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クラシック・ゴシップ!
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上原章江著
ヤマハミュージックメディア刊
ISBN978-4-636-87006-0



医学的には、「恋愛」というのは体に悪いものなのだそうですね。「胸がときめく」という状態は、「異常」なことなんですって。ですから、人間の体が正常に機能している限り、恋愛状態が長続きする事は決してないのだそうです。それは、体としてはなんとかして「正常」に戻ろうとするからだ、と思われています。恋愛が続くのは長くても1年半、それを過ぎるともはや相手を「恋愛」の対象と見ることはできなくなり、分かれてしまうか、あるいは運良く夫婦になった時には、今度はお互いに自分にないものを補完してくれる対象として認めることで、恋愛感情はなくても円満な夫婦生活を送ることが出来るというわけです。確かに、そういう「仕組み」が分かってしまうと、いろいろ納得できることに思い当たるのではないでしょうか。「体に悪い」ことは、妖しい魅力を持っているものです。その味を知ってしまった人は、悪いと知りながらも、何度も相手を変えて「恋愛」をリセットすることになるのですね。ですから、「一生あなたのことを愛します」などと言っている人などは、そもそも信用してはいけないのです。
そんなことが分かったのは、おそらく最近のことなのでしょうから、昔の「大作曲家」などはそれぞれの性格に応じて、さまざまな恋愛を繰り広げていたに違いありません。そこで、そんな16人の作曲家を俎上に乗せて、女性の視点から「恋愛の対象としてはどうよ」とあれこれ評価してみよう、というコンセプトのもとに作られたのが、この本です。
もちろん、それだけだったらそれこそただの「ゴシップ本」にしかなりませんから、そんな「評価」のもととなる、音楽家として、あるいは人間としてのプロフィールは、最新の資料に基づいてきっちりとその実像を伝えることに、抜かりはありません。いや、おそらく、本来はその部分が、著者の最も力を入れたところなのでしょう。恋愛対象うんぬんは、まあ著者の趣味の反映として軽くあしらい、きちんと作曲家の評伝に接するというのが、もしかしたらこの本の正しい読み方なのかもしれませんね。だいぶ前に、こんな本をご紹介したことがありますが、おそらく、そこで貫かれていた精神とかなり近いものが、この本にもあるのではないでしょうか。
その本では、プッチーニの、まさにゴシップそのもののスキャンダラスな私生活が暴露されていましたが、ここではそれ以上の愛憎劇を、ドビュッシーの項で味わうことが出来ます。おそらく、この作曲家はさっきのような「体に悪い」ことにはほとんど依存症状態にあったのでしょう、激しく女性を愛して自分のものにしたいと思い、一緒に暮らしたり結婚までしたにもかかわらず、次第にその女性に飽きてきて他の女に手を出すといったことを、何度も何度も何度も(しつこい)繰り返したそうなのです。そんな「捨てられた」女性のうちの2人までがピストル自殺を試みたというのですから、穏やかではありません。著者も、「超ジコチュー男」と決めつけています。
作曲家の私生活と、その作品とは別物なのだ、とはよく言われることですが、こういうドビュッシーの嗜好を見せつけられると、やはり彼の音楽は穏健な常識人ではとてもなしえない特別のもののように思われてくるから不思議です。
ところで、そのドビュッシーの2度目の妻となるエンマは、出会った時は裕福な銀行家の妻だったのですから、「立派な」不倫になるのですが、その前にもエンマはあのフォーレと通じて子供までもうけていたのですね。それは、夫の子供として育てられたというのですから、まさにワーグナーとコジマのようなどろどろの関係ではないですか。そうなると、あんな穏やかな作風だったフォーレの「私生活」も知りたくなってしまいませんか?

Book Artwork © Yamaha Music Media Corporation
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by jurassic_oyaji | 2011-10-14 22:23 | 書籍 | Comments(0)