おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem
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Marinella Pennicchi(Sop), Gloria Banditelli(MS)
Mirko Guadagnini(Ten), Sergio Foresti(Bas)
Fabio Ciofini/
Coro Canticum Nevum di Solomeo
Accademia Hermans
LA BOTTEGA DISCANTICA/DISCANTICA 236




モーツァルトの「レクイエム」を録音している団体は、なんと言ってもドイツ・オーストリア系のものが主流を占めています。あとはイギリスとか北欧でしょうか。今回、イタリアの団体が演奏しているCDに出会ったので、改めてリストを見てみたら、一応3つほどそれらしいものはあったのですが、全て実際に聴いたことはないところばかりでした。もちろん、今回のようなピリオド楽器による団体は皆無です。やはり、この曲はイタリア的な明るさとは相性が悪いと思われているのでしょうか。
そのイタリアの団体とは、2000年にファビオ・チオフィーニによって創設された「アッカデミア・バロッカ・ウィレム・ヘルマンス(アッカデミア・ヘルマンス)」というピリオド楽器のアンサンブルです。「ヘルマンス」などという健康的なネーミング(それは「ヘルスマン」)は、まるでドイツ人のようで全然イタリアっぽくありませんが、それにはわけがあります。チオフィーニという人は、1970年生まれのそもそもはチェンバロやオルガン奏者として研鑽を積んだ方で、1995年に、テルニ近郊のコッレシポリという町にある聖マリア・マジョーレ教会の専属オルガニストに就任します。その教会に設置されていたのが、ヴィレム・ヘルマンスというフランドル出身のビルダーによって1678年に造られたヒストリカル・オルガンでした。その名前を、自分の楽団に付けたのですね。
アッカデミア・ヘルマンスには、2006年にエンリコ・ガッティがコンサートマスターとして参加し、近年ますます評判が高まっているそうです。
というような先入観は、音楽を聴く時にはさほど必要なものではありません。イタリアのレーベルにしては珍しく素晴らしい録音のこのアルバム(CDにしておくにはもったいないほどのいい音です)を聴けば、彼らが確かな技量と、自発的な音楽性を備えたミュージシャンの集まりであることはすぐ分かります。データを見ると、2010年の7月に教会で3日間にわたって録音されているようですが、これもイタリアのレーベルらしくないていねいな作られ方をされていることがうかがえます。
まず、その鄙びた教会のアコースティックスが、とても暖かい響きを生んでいます。そんなサウンドの中で、彼らは、決して相手を威嚇したり萎縮させたりすることはない、包み込むような音楽を作っています。バセット・ホルンではなくあえてクラリネットを使っているのも、音色の明るさを重視した上でのことなのでしょう。本当は反則なのですが、ここでは見事にアンサンブルの中に馴染んでいます。「Tuba mirum」のトロンボーン・ソロなどは、ストレスの片鱗すら感じられないとてもおおらかなものでした。それは、審判を下す恐ろしいラッパではなく、まるで幼子を寝かしつける子守唄のように聞こえます。
と、オーケストラだけを聴けば、それはイタリア的な明るさの中に、押しつけがましくない主張の込められたとても心が安らぐ素晴らしい演奏なのですが、あいにく、合唱がそれをぶちこわしていました。これも、やはりチオフィーニが作った合唱団なのですが、オーケストラの細やかな表情にはまるで付いていけない、無神経な歌い方に終始しているのですね。ですから、「Lacrimosa」は悲惨です。まるで聴くものを慈しむような繊細な音色で奏でられるイントロに続いて出てきて欲しいのは、それに見合うだけの感情のこもった合唱であって欲しいのに、それはただ力で押しているだけの乱暴なものだったのですからね。「Confutatis」も、途中のsotto voceをこんなに荒っぽく歌うなんて、ふつうの感覚ではあり得ません。
ソリストも、メゾ以下はとても穏やかな歌い方で安心できるのに、ソプラノだけが浮ついています。つくづく残念なCDです。
カップリングの「Ave verum corpus」では多少持ち直しているのが、救いでしょうか。あ、もちろん、「レクイエム」はジュスマイヤー版を使っています。

CD Artwork © La Bottega Discantica
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by jurassic_oyaji | 2011-11-09 20:46 | 合唱 | Comments(0)