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指揮者の役割/ヨーロッパ三大オーケストラ物語
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中野雄著
新潮社刊(新潮選書)
ISBN978-4-10-603688-0



著者の中野さんは、かつてはオーディオ・メーカーの「トリオ」(現ケンウッド)の社長をなさっていた方ですね。彼のお宅のハイレベルなオーディオ・システムも、よく雑誌などに取り上げられていたはずです。なんせ、オーディオ・メーカーのトップなのですから、当然のことなのかもしれませんが、中野さんはクラシック音楽についてもハイレベルのところで接していたような印象がありました。
そんな方の書かれた、世界屈指のオーケストラと指揮者、あるいは団員とのお話は、ただの「音楽評論家」や、ましてや「ライター」の手になる同じような書物とは、比較にならないほどのリアリティにあふれるものでした。登場する人物のインタビューにしても、それはよくあるおざなりなものではなく、まさに「友人」としての親密さで語られているものでした。何よりも、長く音楽を愛し、さらには音楽業界に身を置いたことで培われた著者の確かな審美眼には惹きつけられるものあります。
登場するオーケストラは、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、そしてロイヤル・コンセルトヘボーの3つです。それぞれに1つの章があてがわれて、全く異なる切り口でそれぞれのオーケストラと指揮者の関係が語られます。
ウィーン・フィルの場合は、まず、そのオーケストラのメンバーによって作られた室内楽団を引き合いに出すことで、オーケストラ全体が一つの「室内楽」であることが強調されています。極論すれば、「指揮者を必要としないオーケストラ」という捉え方でしょうか。ですから、ここでは指揮者にとってはかなり「おっかない」エピソードが数多く登場します。「ある程度名のあるフランス人指揮者」の場合は、コンサートマスターの機嫌を損ねたために、「カルメン」を演奏している間中アンサンブルを微妙にずらすという「いじめ」を受けて、最後には指揮をしながら泣き出したのだそうですよ。某「小澤」に対しても、必ずしもこのオーケストラとの相性がよくないという雰囲気は、多くの団員の証言から分かるようになっています。例の「ニューイヤー」の舞台裏はさんざんだったようですね。初めて知ったのですが、フォルクス・オーパーにはトヨタがかなりの資金援助をしているのですね。「小澤のニューイヤー」がその見返りだったのかも、というような「風評」も、納得できてしまいます。
ベルリン・フィルの場合は、ほとんど「カラヤン論」に終始しているような印象を受けます。ここでの著者のスタンスは、カラヤンに対してあくまで客観的に接しているもののように見えます。「終身」だったはずのベルリン・フィル常任指揮者の地位を奪われる経緯には、もっぱら経営者としての厳しい視点が感じられます。ちなみに、このオーケストラがクリュタンスと最初に録音したベートーヴェン交響曲全集を「モノラル盤」としていますが、これは著者の勘違いでしょう。確かに一部モノラルのテイクものらるようですが、全集には全てステレオ録音のものが入っていたはずです。
コンセルトヘボーでは、今度はコンサートマスターが主役です。著者とは50年来の友人というヘルマン・クレッバースの話を中心に、このオーケストラの歴史がまるで見てきたようにいきいきと語られています。
最後に「よい指揮者」についての1章が加わります。そこで紹介される、著者が「たまたま」遭遇したという某美人女性指揮者(誰だかはすぐ分かります)のリハーサルの現場は、いとも生々しいものでした。稚拙な指揮ぶりの指揮者に対して、管楽器奏者が罵声を浴びせていたのですね。人気があっても実力のない指揮者を、オーケストラの団員はすぐ見破ってしまうのでしょう。本番は、誰も指揮者を見ないで、きちんと演奏したのだそうです。日本のオーケストラも「おっかない」ものですね。

Book Artwork © Shinchosha
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by jurassic_oyaji | 2011-11-27 19:44 | 書籍 | Comments(0)