おやぢの部屋2
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BRAHMS/Piano Concerto No.1
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Hardy Rittner(Pf)
Werner Ehrhardt/
l'arte del mondo
MDG/904 1699-6(hybrid SACD)




ブラームスの交響曲をピリオド楽器で演奏するという試みは、すでにかなり日常化しています。ノリントンやガーディナーの録音によって、モダン・オーケストラで演奏するのとはひと味違った、ちょっと無骨なブラームスの素顔のようなものを味わった方もいらっしゃることでしょう。しかし、なぜかピアノ協奏曲については、今までにピリオド楽器を使おうという人はいなかったようです。そんな、もうとっくに出ていたと思っていたブラームスのピアノ協奏曲第1番の、ピリオド楽器による世界初録音です。
この作品は、ブラームスがまだ20代だった頃に作られています。初演が1859年といいますから、その頃のピアノは当然現代のものとは全く異なったものでした。ここでは、1854年に作られたエラールのピアノが、修復されてそのまま使われています。もう、その音を聴くだけで、今のスタインウェイとは、同じ「ピアノ」と言っても全く別の楽器であることが分かるはずです。ただ、なぜフランス製のエラール?と思われるかもしれません。しかし、ブラームスは、場合によってはドイツやウィーンの楽器よりも、エラールを選択することもあったのだそうですね。
オーケストラは、ここで指揮をしている元コンチェルト・ケルンの指揮者/コンサートマスターのヴェルナー・エールハルトが2004年に設立したピリオド・オケ、「ラルテ・デル・モンド」です。スイーツみたいな名前ですが(それは、「プリン・アラ・モード」)、「世界の芸術」という意味のイタリア語、大きく出たものです。
この協奏曲のために用意された編成は、8人のファースト・ヴァイオリンから3人のコントラバスという、今日一般的に用いられている編成のほぼ半分のサイズです。そんな少ない弦楽器でブラームスの渋い音色が出せるのか、という疑問を抱きながら、まずこのライブ録音を聴いてみましょう。そうすれば、そんな疑問はそもそもなんの意味もなかったことに気づくはずです。まず最初に聴こえてきたオーケストラだけの長い序奏は、「渋さ」とは全く無縁の、いともストレートな力強さにあふれたものだったのですから。そう、これはまさにあごひげをたたえ丸々と太った肖像画のあのブラームスではない、もっと精悍な面持ちをたたえたイケメンの若きブラームスが作ったものであることがはっきり分かる演奏だったのです。
そんな、溌剌としたオーケストラの中にエラールのピアノが登場します。確かにそれは、スタインウェイのコンサートグランドを聴き慣れた耳にはなんとも奇異な印象を与えられるものでした。なんという素朴な音色とエンヴェロープなのでしょう。それと同時に、そこからは確かにブラームスの肉声のようなものが感じられたのです。20世紀以降の洗練された言葉ではなく、まさに19世紀半ばのセピア色の語り口、この頃のピアノには、まだ人と人とがお互いに相手の目を見ながら会話が出来るようなしゃべり方が残っていたのでしょうね。それに比べると、現代のピアノは、なんだか一方的に大勢に向かってがなりたてているような感じがしませんか?相手の意思に関係なく、自分の考えだけを声高に伝える、そんなツールになってしまってはいないでしょうか。
そんな、まるで相手のことを思いやるようなしゃべり方は、第2楽章ではさらにはっきり伝わってくるようになります。とても美しいフレーズは、決してこれ見よがしの華やかさを誇示することはなく、まるで「ありのままの私を知って」と言わんばかりの訴えかけで迫ります。虚飾にまみれた外見よりは、朴訥な誠実さの方が、時には美しく感じられることがあるものです。
フィナーレでは、中ほどでオーケストラに現れるフーガのいかにもな不器用さが、逆に親しみを感じられてしまいます。どこまでも純朴な田舎娘のようなブラームス、とても気に入りました。

SACD Artwork © Musikproduktion Dabringhaus und Grimm
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by jurassic_oyaji | 2011-12-01 20:59 | ピアノ | Comments(0)