おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
TELEMANN/Suite & Konzerte
c0039487_22283086.jpg



James Galway(Fl, Dir)
Zagreber Solisten
DENON COCO-73242




ベルリン・フィルの首席フルート奏者という、いわばフルーティストにとっては最高のステータスを手中にしたジェームズ・ゴールウェイが、なぜ、あえてその地位を投げ打ってまでソリストとして独り立ちしたのかは、彼の自伝を読めば明らかになります。そこに述べられている客観的な時系列によれば、彼は1974年8月に、彼の職場に対して、そのシーズンの終了時を期日とする退団届けを提出、1975年7月に正式に退団した、とされています。さらに読み進めば、彼がRCAから「ソリスト」としてリリースされることになる2枚のアルバムを、まだ在籍中であった1975年の5月に録音していることも分かります。これは、彼の退団に激昂したカラヤンの嫌がらせで、ザルツブルク・イースター音楽祭には「出なくてもいいすたー」といわれたために空いた時間に録音セッションを持つことが出来た、というものです。
それからの彼のキャリアはまさに順風満帆、RCAの「専属」アーティストとして、数多くのアルバムを世に送り出すことになります。しかし、当初彼にとっては、このオーケストラを離れてソリストとしてやっていけるかどうかというのは、不安以外の何者でもありませんでした。なにしろ、彼以前に「フルートのソリスト」と呼べる人は、ジャン・ピエール・ランパル以外にはいなかったのですからね。
そこで、これは自伝では決して述べられることではないのですが、「辞表」を叩きつけた直後の1974年9月に、日本のCAMERATAというレーベルのオーナーである井坂紘さんの計らいで、なんとかソリストとしての足場を固めるためのいわば「就職活動」として、スイスのルツェルンでEURODISCレーベルにモーツァルトやヴィヴァルディの協奏曲を録音しました。このモーツァルトは、後にRCAで幾度となく録音されることになる同じ曲よりもはるかに伸び伸びとした演奏で、ある意味「定番」とも呼べる名演です。
その後、ゴールウェイは1978年にもEURODISCでテレマンのアルバムを録音します。これは、日本では1979年に日本コロムビアからLPがリリースされていましたが(当時は、日本でのディストリビューターが、日本コロムビア)、後にこのレーベルがBMGの傘下に入り、BMGの販売網で扱われるようになると、ゴールウェイのメイン・レーベルであるRCAと同じグループに属したことになり、この音源もコンピレーションという形を取ってRCAレーベル、そして後には買収先のSONYからCDとして発売されることになりました。しかし、その何度かのリリースの時には、このアルバムに収録されているイ短調の組曲と、ト長調、ハ長調の2曲の協奏曲のうち、なぜかハ長調の協奏曲だけは含まれることはありませんでした。
そのアルバムが、このたび日本コロムビアから「クレスト1000」シリーズのアイテムとして、オリジナルと同じジャケットデザインと収録曲によって、初めてCD化されました。どういう契約なのかは分かりませんが、日本コロムビアでも、まだこのレーベルを出す権利を持っていたのですね。そういえば、ザンデルリンクとシュターツカペレ・ドレスデンのSACDなども出ていましたね。いずれにしても、これはファンにとっては、LPが出てから30年以上も待たされてやっと手にしたCDということになります。
このテレマン、BMG-SONYのマスタリングでは、ちょっと高域が強調されていて、一見華やかですが全体的にソフトすぎる印象がありました。しかし、今回のマスタリングは、はるかに自然なバランスで、楽器の芯がくっきり出ている素晴らしい音になっています。ここで初めてCDで聴くことができるようになったハ長調の協奏曲は、教会ソナタの形式による4楽章の作品、オリジナルはリコーダーのための協奏曲ですが、それをゴールウェイは磨き上げられた高音を使って心ゆくまで楽しませてくれます。

CD Artwork © Ariola-Eurodisc GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2011-12-26 22:29 | フルート | Comments(0)