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ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い
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Carlos Saura(Dir)
Lorenzo Balducci(da Ponte)
Lino Guanciale(Mozart)
KADOKAWA PICTURES/DABA-0753(DVD)




以前、「モーツァルトの台本作家」という、ロレンツォ・ダ・ポンテに関する素晴らしい本を上梓した田之倉稔さんが、その本のあとがきの中で、「史実など誤りも多い愚作」と決めつけていた映画、「ドン・ジョヴァンニ
天才劇作家とモーツァルトの出会い」を、やっとテレビで見ることが出来ました。HD放送なので、劇場で見るのと遜色ない画質で楽しめたのですが、パッケージとしてはあいにくDVDしか出ていないので、ご了承を。
知る限りでは、おそらくダ・ポンテを主人公にした映画としては初めてのものになるのではないでしょうか。ただ、田之倉さんの指摘通り、「史実」などは完璧に無視されています。そういう意味で、これは、この映画でも相方として登場するモーツァルトやサリエリを扱ったあの「名作」、「アマデウス」と、非常によく似たものなのではないでしょうか。どちらも、決して「伝記映画」として見てはいけないという点で一致しています。
登場人物のキャラも、モーツァルトあたりは指揮をしたりチェンバロを弾いたりするしぐさがトム・ハルスとそっくりですね。
タイトルの通り、ここではダ・ポンテがモーツァルトとの共同作業で「ドン・ジョヴァンニ」を完成させる過程が、文字通り「ドラマティック」に描かれています。その中では、ダ・ポンテの女性遍歴が、オペラの主人公ドン・ジョヴァンニと重ね合わさって行きます。原題の「Io, Don Giovanni」というのは、ダ・ポンテの「私こそがドン・ジョヴァンニなんだ」というセリフからとられています。しかし、ダ・ポンテ自身はオペラの主人公とは違って、しっかり「悔い改め」、生涯を共にする女性と巡り合うというのが、ミソなのでしょう。その「最後の女性」アンネッタ(「史実」では「ナンシー」)を演じているエミリア・ヴェルジネッリという人は、本当に美しい青い瞳の女性です。ですから、これは、適度のエロティックなシーンを楽しみながら、純愛ストーリーとして見る分には、何の不都合もない楽しい作品です。「クラシック音楽」もたっぷり聴けますし(ビオンディ&エウローパ・ガランテの「四季」などは最高です)。
オープニングはヴェネツィア、そこでさっそくそのビオンディのヴィヴァルディがバックに聴こえるのは、この土地を象徴したものであると同時に、そのほとんどアヴァン・ギャルドと化したピリオド様式によって、これからここで使われる音楽が確かに時代的な裏付けを持ったものであることを予感させるものなのでしょう。と、ダ・ポンテとカサノヴァが乗ったゴンドラに向かって進んでくる船に積んどられたものは、その数日前までここで上演されていたガッツァニーガの「ドン・ジョヴァンニ」で使われていた巨大な騎士長の像です。これは、やがてウィーンに移ったダ・ポンテが、モーツァルトと共に「今まで作られた多くのドン・ジョヴァンニ」を凌駕するものを作ることになる伏線です。ところが、このシーンで、やおら立ち上がったカサノヴァが、その像に向かって「♪ドーン・ジョヴァーンニー」と、まだこの時点では音になっていないモーツァルトのメロディを歌い出すのは、かなりヤバいことです。いや、実はこのことによって、いきなり「これは全くのフィクションだよ」と示したかったのかもしれませんね。
そういえば、本当はプラハで初演されたはずのそのモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」がなぜかウィーンで初演されていたシーンでは、地獄落ちのステージのバックに溶岩が流れる映像が現れるというとんでもない演出が披露されます。こんなものを見せられてしまえば、もはやこれが「史実」だなどと思う人などいるはずがありません。ですから、この作品を「史実」に基づいていないからといって「愚作」と決めつけること自体が、そもそも「愚か」なことなのです。

DVD Artwork © Kadokawa Shoten Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2011-12-30 21:19 | 映画 | Comments(0)