おやぢの部屋2
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今年を振り返って?
 時間が経てばなんでも変化するものです。大晦日の今日、急に必要なものが出てきたのであちこち探し回っているうちに、そんなことが実感できるものに続けざまに出くわしてしまいました。まずは紫山の、だいぶ前に「金港堂」がお向かいの「タピオ」に移ってしまったので、空き家になっていた「物件」です。前はこんな感じ。
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 しばらく空家のままだったので、まさか借り手がついたとは思いませんでしたから、前を通り過ぎようとしたら、「IKEA」という看板が見えました。あわててUターンして行ってみると、確かに、看板が変わっています。
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 「IKEA」に入ったのは初めてですが、こんなところだったんですね。おこちゃま向けのキッチンセットがいいですね。私も欲しくなったぐらいです。
 もう一つは、北環状線沿いにあった「むぎの里(旧味の民芸)」です。ネットを探したら「味の民芸」時代の写真が見つかりました。
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 ここは、もう3月からずっとまわりに縄が張ってあって、立ち入り禁止になっていたところです。最近見た時には、屋根の瓦を降ろしているところだったので、やっと取り壊しが始まったのかな、と思っていたのですが、今日行ってみたら、完全な更地になっていましたよ。上の写真とほぼ同じアングルですから、後にある「KFC」が目印になるのではないでしょうか。
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 ここはご近所だったので、いつも行っていたお店でした。こういうファーストフードのお店だと、店員さんはほとんどアルバイトで、行くたびに顔ぶれが変わっているものなのですが、このお店には一人、かなりお年を重ねた女の人が、いつもお店に出ていました。いかにも「女将さん」といった感じの、気配りがしっかり感じられる店員さんだったのですが、今はどうしていらっしゃるのでしょうか。
 このお店がなくなってしまったのは、もちろん3月の大震災のためでした。この天災が変えてしまったものは、このうどんやさんどころではありません。日本中のものが、すっかり変わってしまったのは、ご存じのとおりです。建物や農作物といった「物」だけではなく、人の「心」までもが変わってしまったのは、とても辛いことでした。いや、「変わった」というよりは、今まで隠していた「地」がもろに出てきやすくなってしまった、と言うべきでしょうか。その最も醜い「正直さ」は、あれだけの被害をもたらすことが確実になったにもかかわらず原発を再稼働させろと騒ぎ立てていた経団連の会長でしょうか。
 いや、彼の場合は自身の信念に従っているだけまだ救われるかもしれません。救われないのは、時流に乗っていかにも被災者に向いた顔を装っているメディアです。なぜか、年末にはこれでもかというほどにあの津波の映像が各局から流されていました。本当に被災者のことを気遣っているのなら、決してあのような残酷なことは出来ないはずです。
 そんな欺瞞の集大成と化した「紅白」に出演した「猪苗代湖ズ」が発した、「まだ、なんにも終わっていない!」という叫びは、真実であるだけ、この番組ではいかにも場違いなものでした。
 少なくとも、あの大災害のことを冷やかに「3・11」と呼んでいる人たちのことは、とても信用する気にはなれません。
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by jurassic_oyaji | 2011-12-31 21:43 | 禁断 | Comments(0)