おやぢの部屋2
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GEORGE HARRISON/Living in the Material World
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Martin Scorsese(Dir)
KADOKAWA PICTURES/DAXA-4113(BD)




2001年に他界したジョージ・ハリスンという、ドツキ漫才が好きそうな(それは、ジョージ・ハリセン)ミュージシャンの没後10年を記念して、今年、マーティン・スコセッシ監督によって彼の生涯がたどられたドキュメンタリー映画が公開されました。これはそれに前後してリリースになったBDです。
本編は間に休憩が入って正味3時間半、長いです。このドキュメンタリーの進め方というのが、ジョージに関連した記録映像を流したり、ジョージと交流のあった人たちのインタビューを紹介する、というものなのですが、作り方が結構不親切。インタビューされている人はとりあえず名前だけは出ますが、その「肩書き」すらも加えられてはいないのですね。まあ、長年のジョージのファンですから個人的には何の不自由も感じませんが、そんな「マニア」ではない普通のファンにとっては、ちょっと気配りが足らないような気がしてしまいます。いや、「マニア」にとってさえも、このダラダラとした流れは途中で睡魔を招き入れるには十分なものでしたから、なおさらです。こんなにマニアックに気取らずに、もっと見る人を大切にする作り方をしてジョージのファンを増やしてほしかったな、と思ってしまいます。
インタビューの中心になっているのは、やはり長年同じバンドで一緒に活動していた2人のビートル、ポール・マッカートニーとリンゴ・スター(リチャード・スターキー)でした。もちろん、当人にしか知りえない裏話を聞くのは楽しいものですが、それよりも、この二人のジョージに対するスタンスが全く異なっていることがまざまざと見えてくる方が、より一層興味をひかれるものでした。ポールは、いつまで経っても「上から目線」なのですね。そこへ行くと、リンゴのコメントはとても暖かく、まさに「親友」という感じです。
そして、もう一人重要な位置にいた「親友」が、エリック・クラプトンなのでしょう。彼の場合は、音楽的な仲間であると同時に、ジョージの妻だったパティ・ボイドを、「譲り受けて」しまっているのですからね。彼がそのことを語る時の、とても純粋なまなざしは印象的です。確かに、その頃の映像に登場するパティは、それに値するだけの魅力を持っていました。
そのパティ本人が、やはりインタビューに登場していたのには、本当に驚いてしまいました。昔の面影をしのばせるものは完璧に失ってしまったそのただの「おばさん」は、同じように醜い顔とだらしない胸の谷間をさらしていたヨーコ・オノとともに、時の流れの残酷さを示すものでしかありませんでした。
その点、ジョージは年を重ねるごとに顔つきが精悍になって行くように感じられます。晩年などはほとんど「哲人」の風貌です。それは、彼なりの確固たる信念を持ち続けたおかげなのかもしれません。ポールのたるんだ皮膚からは、そのような境地はまるで感じられません。
ボーナス・トラックに、息子のダーニ、ジョージ・マーティン、そしてその息子のジャイルズ・マーティンの3人が、「Here Comes the Sun」のマスターテープを聴いているシーンがあります。これはまさに世代交代を果たしたアーティストとプロデューサーという図式、ぜひ本編に入れてほしかったものです。そうすれば、本編の中では不親切な編集のせいで良く分からなかった、ジョージ・ハリスンとインド音楽のリズムとの関係が、より明確になったことでしょう。どういうことかというと、この曲を始め、ジョージの曲の中で頻繁に出てくる「3+3+3+3+4」というシンコペーションは、ただ聴くときっかりエイトビートの2小節に収まっているので何の違和感もないのですが、実は最後に7拍子が出てくるインド音楽特有の「変拍子」なのですね。本編では、ジョージ・マーティンはそれを口で歌っていただけで、全く伝わってきませんでしたが、ここで実際の音を聴けば、それはすぐに理解できることなのです。

BD Artwork © Grove Street Productions Limited
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by jurassic_oyaji | 2012-01-03 21:22 | 映画 | Comments(0)