おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphonies nos. 2&3
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Jan Willem de Vriend/
The Netherlands Symphony Orchestra
CHALLENGE/CC72532(hybrid SACD)




デ・フリエントとネーデルランド交響楽団とのベートーヴェン・ツィクルス、4集目は「2番」と「3番」のカップリングですが、収録時間がCDのマキシマムをほんのちょっとオーバーしたために、2枚組になってしまいました。シングル・レイヤーのSACDだったら難なく入ったものを。ふつうベートーヴェンの交響曲だったらCD5枚で収まるものを、たった1分かそこらの「はみ出し」だけで6枚になってしまったのですから、ずいぶん無駄なことをやっているような気がしてしまいます。
しかし、もしかしたらデ・フリエントのことですから、この「2番と3番」というカップリングに特にこだわりを持っていたのではないでしょうか。前回の「7番と8番」では、地味だと思われていた「8番」を「7番」と組み合わせることに、確かな意味を持たせていたではありませんか。ましてや、この「2番」と「3番」との間には作曲技法上に格段の「進歩」が見られるというのは多くの人が認めるところです。あえて2枚組にしてまでもこの組み合わせにこだわったのには、必ずや深い考えがあってのことに違いありません。
先に、「進歩」後の「3番」から聴いてみましょう。いつもの通りのピリオド・アプローチが徹底された演奏で、ノン・ビブラートの弦楽器とおそらくピストンやヴァルブのない金管楽器が、ほとんどピリオド楽器によるオーケストラのような小気味よいサウンドを醸し出しています。第2楽章の「葬送行進曲」などは、普通の重苦しい演奏とは一線を画した、まさに「行進曲」という部分を思いっきり強調した颯爽とした仕上がりになっています。
ただ、フィナーレにはちょっとした問題がありました。一連のデ・フリエントのツィクルスは、以前書いたように「デル・マー版を使用」しているように思っていたのですが、ここではデル・マーの見解とは全く異なる演奏が登場しています。トゥッティの序奏が終わって、テーマが現れる時に、最初はピチカートで演奏していた弦楽器が、木管楽器の合いの手が入ったところをアルコで演奏しているのであるこ。確かに、楽譜を見ると、八分音符で書かれていたテーマはそこだけ四分音符になっているのですね。ですから、その違いを出すためにそこをアルコにするというのは、昔から指揮者の裁量で時折行われていたことでした(最近では、シャイーがその様に演奏しています)。しかし、デル・マーは校訂報告の中で、「ベートーヴェンは、書く時間を節約するために八分音符+八分休符のつもりで四分音符を書くことがあった」として、ここはアルコで演奏する意味はないことを明記しています(スコアをお持ちの方は、17小節と25小節を比べてみて下さい。17小節の1拍目だけをアルコで演奏する人はいません)。
そして、「2番」を聴きましょう。「3番」に比べると格段に穏やかな音楽が広がります。なにか、すんなり入って行ける「優しさ」があちこちに漂っているのですね。特に気持ちいいのが第2楽章。ノン・ビブラートの弦楽器による流れるようなテーマは、心底ほっとできるものでした。こんな素敵な、まるでシューベルトのようなメロディを、ベートーヴェンは書けていたのですね。これこそが、「2番」と「3番」との間に横たわっていた大きな「境目」だったのでしょう。これを聴いてしまうと、「3番」の各楽章のテーマの、なんと魅力に乏しいことでしょう。そもそも第1楽章のテーマなどはモーツァルトのパクリですしね。
「3番」以降、ベートーヴェンは曲の構成などではとてつもない「進歩」を遂げることになります。しかし、総じて「2番」の第2楽章のような優しいメロディは影を潜めて行くように感じられます。「葬送行進曲」を軽やかに演奏しつつ、そんなことを気づかせてくれたのが、このカップリングでのデ・フリエントだというのは、あまりにうがった見方でしょうか。

SACD Artwork © Challenge Classics
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by jurassic_oyaji | 2012-01-07 22:18 | オーケストラ | Comments(0)