おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
FAVRE/Requiem
c0039487_206126.jpg
Bénédicte Tauran(Sop), Kismara Pessatti(MS)
Michael Laurenz Müller(Ten), Lisandro Abadie(Bar)
Facundo Agudin/
Ensemble Vocal d'Erguël, Lyrica Neuchâtel,
Opus Choeur de Chambre, OSJ Symphonic.net
DORON/DRC 2008




ピアニストとしても知られている1955年生まれのスイスの作曲家、クリスティアン・ファヴルの「レクイエム」です。2010年3月に行われた初演の模様のライブ録音なのでしょう。ライナーには「1010年」とありますが、そんな昔にステレオ録音が出来たはずはありませんから、それはもちろん単なるミスプリントなのでしょうね。
「スイスの現代の作曲家」というシリーズのCD、指揮者はなぜかアルゼンチンのファクンド・アグディンですが、オーケストラや合唱はスイスの団体です。全く初めて聴くところばかりですが、このオーケストラの名前がちょっと気になります。「OSJ Symphonic.net」という、まるでウェブサイトのドメイン名みたいな「ドット・ネット」が最後に付いているのが、なんだかユニーク、確かに、このオーケストラのURLは「http://www.osjsymphonic.net」なのですが。そもそも「OSJ」というのは大阪のテーマパーク(それは「USJ」)ではなく「Orchestre Symphonique du Jura」の略称なのだそうで、そうなると「Symphonic」がダブってますね。いや、そんなことよりも「Jura」という「Jurassic」にも通じるお馴染みの単語にびっくりです。「ジュラシック交響楽団」ですよ。とても他人とは思えません。
もちろん、こちらは太古の恐竜の化石がたくさん発見された「ジュラ山脈」という、スイスとフランスの国境にそびえている連峰から取った名前なのですがね。このオーケストラは、バーゼルや、合唱団の名前にもあるヌシャテルといった、ジュラ山脈の麓の都市を中心に活躍している団体だったのです。
病気のために亡くなった作曲家の兄のために作られたという、この最新の「レクイエム」のテキストは、モーツァルトのような伝統的なテキストから「Offertorium」が省かれています。「Sequenz」は全部使われていますが、モーツァルトとは曲の切れ目が異なっているので、ちょっとまごつくかもしれません。ソリスト4人に混声合唱というのはモーツァルトと同じですが、オーケストラの管楽器はもっと増えていますし、ハープやピアノも入っています。その分、オルガンはありません。
というような比較は、200年以上もの隔たりがある音楽には、なんの意味もありません。こちらは、モーツァルトの時代には存在していなかった「無調音楽」というなんとも中途半端なものを経験してしまった作曲家が、未だにその呪縛から逃れられずにいるのに、あえて、今の時代ではほとんど復権を果たした「ロマンティック」な音楽をめざそうとしている姿勢を明らかにしたかった、という、えらく屈折した音楽なのですからね。
おそらく、作曲家はリズムに特徴を持たせることで、「ロマンティック」な味付けを達成させようとしたのでしょう、「Requiem aeternam」では、かなり複雑なリズムで迫ってきます。それが、もしかしたら指揮者のキャラなのかもしれませんが、あたかもラテン音楽のようなノリの良さをもっているものですから、なんとも居心地の悪い「無調」のフレーズが飛び交っても、さほど気にはならなくなっています。続く「Kyrie」などは、まるで「スケルツォ」といったおもむき、同じように「無調」にエンタテインメント性を持たせることに成功したあのレナード・バーンスタインのようなテイストさえ感じられるものでした。
そんな風に、概して変拍子やポリリズムを駆使してダイナミックにたたみかける部分では、それほどの違和感はないのですが、次第に「無調」が正体をあらわしてくると、もういけません。なんの意味も見いだせない旋律線からは、重苦しい閉塞感が募るばかりです。3つの団体が集まった合唱も、かなり精度の低い演奏ですし。
この「レクイエム」は、この作曲技法が、もはや「現代」ではなんの意味も持っていないことを明らかにした、いわば「無調」を悼むための「レクイエム」だったのかもしれません。

CD Artwork © Doron Music
[PR]
by jurassic_oyaji | 2012-01-21 20:09 | 合唱 | Comments(0)