おやぢの部屋2
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Mirror of Eternity



Wissam Boustany(Fl)
Volodymyr Sirenko/
National Symphony Orchestra of Ukraine
QUARTZ/QTZ 2015



「永遠の鏡」というタイトルのこのアルバム、レバノンの作曲家Houtaf Khoury(なんと読むのでしょう)が作った同名の曲の他に、ハチャトゥリアンのフルート協奏曲と、ウクライナのスタンコヴィッチという人の「室内交響曲第3番」(実質的にはフルート協奏曲)の3曲が収められています。演奏しているのは、レバノン生まれで、現在はロンドンを中心に活躍しているフルーティスト、ウィッサム・ブースタニーと、ウクライナ生まれの指揮者シレンコに率いられたウクライナ国立交響楽団という、ローカリティあふれる顔ぶれになっています。レバノン、ウクライナ、そしてハチャトゥリアンのアルメニアと、いずれもヨーロッパとアジアの境目に位置する国々の、特異な民族性を持った音楽たち、それを、西洋音楽に慣らされてしまった耳へのひとときの刺激剤としてこのアルバムを求めたのであれば、あなたはここで聴くことの出来るとてつもないメッセージに、殆ど圧倒されてしまうことでしょう。そう、まさに私自身が、とりわけハチャトゥリアンに込められた「思い」の大きさに、呆然となっているところです。
原曲はヴァイオリンのための協奏曲を、ランパルのためにフルート用に書き直したこの曲については、機会があって殆ど全てのCDを聴いてきました。そのような下地を持っていたところにこの演奏を聴いたわけですが、その第2楽章には、いまだかつてこの曲からは味わったことのない「悲しみ」の世界が広がっていたのです。最初のフルートソロによるテーマ、それは確かにメランコリックな趣を持つものではありますが、ここでブースタニーが吹いているような、まるですすり泣きを思わせる表現をとっている人など、誰もいません。オーケストラも、中間部のヴィオラによる長いパートソロを聴いてみて下さい。これほど心にしみる重い演奏は、決してヨーロッパの洗練されたオーケストラからは聴くことは出来ないでしょう。そのパートソロが終わって、また現れるフルートソロが、さらに「悲しみ」を助長するもの、フレーズの一つ一つが、まるで針のように心に突き刺さってきます。
しかし、この重苦しい「悲しみ」は、続く第3楽章のダンスによって、ものの見事に「解放」されるのです。それはまるで勝利の宴のような華やかさをもって、真の喜びをもたらしてくれるものです。こんなプログラム、おそらく作曲者自身も意図していたものではなかったことでしょう。そもそもオリジナルのヴァイオリンではなく、フルートだったからこそ、あのような悲痛な響きを醸し出すことが出来たのでしょうから。
ブースタニーのフルートは、決して洗練されたものではなく、華やかさという点では難がありますが、このような深い表現を実現させる「技」には、卓越したものがあります。さらに、レバノンとウクライナの作曲家の曲の場合では、西洋音楽ではあまり使われることのないビブラートや音色のバリエーションが、とても豊か、そして、民族楽器を思わせる高いレジスターでの安定ぶりには、舌を巻く他はありません。それは、テクニックだけではなく、彼の中に流れる「血」のなせる業、西洋の洗練を追い求めることを至上の目的としている私たち日本人が、もしかしたら忘れてしまっていたことを思い出させてくれるものなのかもしれませいよう
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by jurassic_oyaji | 2005-05-09 20:24 | フルート | Comments(0)