おやぢの部屋2
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MOZART/Flute & Harp Concerto, Sinfonia Concertante for Winds
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Lucas Marcías Navarro(Ob), Alessandro Carbonare(Cl)
Guilhaume Santana(Fg), Alessio Allegrini(Hr)
Jaques Zoon(Fl), Letizia Belmondo(Hp)
Claudio Abbado/
Orchestra Mozart
DG/477 9329




2008年に、アバド率いるオーケストラ・モーツァルトが、管楽器のメンバーをソリストに迎えて録音したモーツァルトの協奏曲が、今頃リリースになりました。「シンフォニア・コンチェルタンテ」と「フルートとハープ」とでは録音会場が異なっていますし、なぜか「コンチェルタンテ」だけは両方の会場にまたがって録音されているのは、どういう事情によるものなのでしょう。たぶん、ライブ録音でのちょっとした事故を、別会場でのテイクを差し替えて補正したのでしょうね。もちろん、そんな小技の跡は、エミール・ベルリナー・スタジオのエンジニアの手にかかれば、決して聴いただけで分かるようなことはありません。
「コンチェルタンテ」は、長年「偽作」の扱いを受け続けているのはご存じの通りです。そもそもはマンハイムのフルーティスト、ヴェンドリンク(しかし、汚い名前ですね。「便ドリンク」って)などのメンバーを想定して作られたはずのものが、楽譜は散逸してしまい、それらしいものが見つかった時にはフルートではなくクラリネットがフィーチャーされていたのですからね。少し前までは、それを本来の編成にもどして演奏するという試みが盛んに行われました。ロバート・レヴィン(1983年)やハルトムート・ヘンヒェン(1990年)が作った楽譜によるものが録音もされていますが、それぞれに曲の構成まで変えてしまうような大胆な「修復」が行われています。ただ、たとえ他人の手が入っていようと、今まで馴染んできたものへの愛着には勝てないものがあるのでしょうか、この「修復版」が在来のものに置き換わることは決してありません。正直、レヴィン版などはかえって「人工的」なものになっていて、二度と聴く気にはなれません。
ここでソロを任された4人の奏者は、それぞれにラテン系の国の出身者です。中でもオーボエのナヴァロとクラリネットのカルボナーレのとことん明るい音色と軽やかな歌い方には、思わず引き込まれてしまうものがあります。この編成でのソリスト同士の丁々発止のやりとりが、この二人を中心に繰り広げられている様は、まさにエキサイティングです。オープニングのアバドの指揮ぶりは、なんとも持って回ったくどさがあって、あまり楽しめないのですが、ソロ(ソリ)が入った途端にガラリと景色が変わってしまうのですからね。なまじ指揮者がいない方が面白い音楽をやってくれるのでは、というのは、以前「ブランデンブルク協奏曲」を聴いた時と同じ印象でした。
たぶん、ドイツ系のソリストたちが集まった演奏では、ソリストたちはまず4人全体のアンサンブルというものを考えるのでしょうが、ここではそんな堅苦しいことは全く無視されています。同じフレーズを順番に受け渡すというような場面でも、前の人の歌い方を出来るだけ同じようになぞるなどといったようなチマチマしたこと(一応、それがセオリーなのでしょうが)は一切行わず、それぞれに自分の最も美しい歌を主張しようとしているのですね。その結果、ここからはいとも自発的な音楽が発散されてくることになりました。逆に、その方がアンサンブルとしての緊密さも増してくるのですから、面白いものです。
こんなスリリングな演奏のあとに、ゾーンのフルートを聴くと、なんとも生気に乏しい感じがしてしまいます。バックのオーケストラではナヴァロがオーボエを吹いているので、そちらの方に聴き惚れてしまうほどです。
同じ作曲家の「レクイエム」を録音した時には、レヴィン版やバイヤー版を使っていた「変な物好き」のアバドが、「コンチェルタンテ」でレヴィン版を使わなかったのは、本当にラッキーでした。もしゾーンがこのやんちゃなアンサンブルに加わっていたとしたら、目も当てられなかったことでしょう。

CD Artwork © Deutsche Grammophon GmbH
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by jurassic_oyaji | 2012-02-10 22:24 | オーケストラ | Comments(0)