おやぢの部屋2
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Fantaisie
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Mathieu Defour(Fl)
Kuang-Hao Huang
CEDILLE/CDR 90000 121




シカゴのレーベル、CEDILLEから出た、シカゴ交響楽団の首席フルート奏者、マチュー・デュフォー(本当は「デュフー」と発音するようですが)の2枚目のアルバムです。1枚目は、こちらのモリックの協奏曲でしたね。録音されたのは2009年ですが、今頃国内の市場に出回っています。翌年に日本で録音された日本のレーベルのCDの方が先に出てしまいました。
その国内盤と同じように、ここでもフルートが好きな人なら誰でも知っている曲が並んでいます。タイトルの通り、全てに「ファンタジー」という名前が付けられたものばかりです。日本語では「幻想曲」と訳されているこのジャンルは、別に夢や幻に題材を求めた曲、というわけではなく、19世紀の終わりから20世紀の始めにかけて花開いた、華麗な技巧によって彩られたショーピース、といったぐらいの意味を持ったものなのでしょう。モダン・フルートのあらゆる技法が網羅され、フルーティストにとって、日々の鍛錬には欠かすことのできない曲ばかりです。したがって、万が一、それを人前(その中には同業者もたくさんいるはずです)で演奏するような時には、とんでもないプレッシャーに見舞われることでしょう。曲のことを隅々までよく知っている人たちが目(耳)を皿のようにして聴いているのですから、どんな些細な失敗も許されることはありません。そんな緊張感を乗り越えて、これらの曲からテクニックを超えた真の愉悦感を引き出すことができれば、彼は本当の意味での「ヴィルトゥオーソ」と呼ばれることになるのです。食中毒じゃないですよ(それは「下痢と嘔吐」)。
そういう意味で、デュフォーはアルバムの至るところで「ヴィルトゥオーソ」であることを証明しています。もはや、細かい音符を目にもとまらぬ速さで演奏するなどという「低次元」の驚きを越えたところで、彼は作品のさまざまな魅力を気づかせてくれているのですからね。
まず、フォーレの「ファンタジー」から始めるあたりが、渋いところです。一見朴訥なようで、なかなか一筋縄ではいかない仕掛けを秘めた曲ですが、デュフォーはそこから繊細極まりない味わいを拾い出してくれています。音色はあくまで華美には走らず、常に穏やかな情感を醸し出しています。曲の最後なども、決して盛り上げずにサラッと仕上げるあたりがさすが、です。
次のゴーベールやユーの同名曲になると、作曲家の個性がキラキラと輝いて現れてきます。デュフォーのアプローチはなにも変わっていないのに、作風の違いがこれほど明瞭に感じられるのは、ひとえに彼のスタイルの柔軟性を物語るものなのでしょう。
ドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」などという、まさに手あかにまみれきった「名曲」でも、そのあくまで謙虚に楽譜に立ち向かう姿勢によって、見違えるような新鮮さが感じられるようになります。「コブシ」のきかせかたの中にも、良くある「東洋風」のものではない、いわばハプルブルク帝国の一部としてのハンガリーの風情を感じられるのではないでしょうか。途中で出てくるハーモニクスが、これほど効果的に聞こえてくる演奏も希です。
最後の2曲は、オペラの中のアリアなどを組み合わせてメドレーにしたもの、タファネルの作品は「魔弾の射手」がモチーフになっていますし、ボルヌの作品はお馴染み「カルメン」です。シカゴ響の前任地がパリのオペラ座だったデュフォーにとって、これはもしかしたら普通のフルーティストとはひと味違うアイディアがわいてくるものだったのではないでしょうか。確かに、タファネルからはドイツの暗い森の情景が、そしてボルヌからはジプシーの喧噪が感じられる瞬間があったような気がします。「闘牛士」での朗々たるアリアのあとで、一気に目も覚めるようなフィナーレに流れ込む場面は、まさに息をのむ思いです。
卓越したピアニスト、ホアン・コアンハオのサポートも見事です。

CD Artwork © Cedille Records
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by jurassic_oyaji | 2012-02-18 21:18 | フルート | Comments(0)