おやぢの部屋2
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STRAUSS, WAGNER, MAHLER/Choral Works
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Peter Dijkstra/
Chor des Bayerischen Rundfunks
BR/900503




このCDの本当のタイトルは、3人の作曲家の名前だけでした。写真では、同じ作曲家のプレートがたまたま同じ順番に並んでいる、アムステルダムのコンセルトヘボウのバルコニーが写っていますが、こうするとヘボ写真でもなかなかシュールに見えます。
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これと同じように、やはり3人の作曲家の名前だけがタイトルになっているア・カペラのアルバムを、以前聴いたことがありました。しかも、その3人のうちの「シュトラウス」と「ワーグナー」まで一緒だというのですから、ちょっと面白いですね。ただ、今回の「マーラー」も、そちらではボーナストラックとして収録されていたので、曲目自体はほとんどかぶっていますよ。
このアルバムは、2009年と2011年に行われたコンサートのライブ録音を、編集したものです。1978年生まれのオランダの若い合唱指揮者、ピーター・ダイクストラが、ドイツの名門合唱団、バイエルン放送合唱団の芸術監督に就任したのは2005年ですから、この録音が行われた頃には、もはやすっかりこの合唱団に馴染んできていたのでしょうね。ブックレットの写真を見ると、眼鏡をかけたりヒゲを伸ばしたりと、かつての「坊や顔」からもすっかり脱皮しています。
どちらがどの年なのかは分かりませんが、録音スタッフが曲目によってきちんと2つのグループに分かれていますから、どの曲が同じ時に録音されたものかは、分かります。それぞれ聴き比べてみると、音もかなり違っています。残響成分の取り込み方が全然違っていて片方はかなり歪みっぽいのに、もう片方はずっとすっきりした音に録れているのですね。マーラーと、シュトラウスの「夕べ」と「讃歌」が「歪み」グループ、シュトラウスの男声合唱とワーグナーが「すっきり」グループです。
まず、シュトラウスの「夕べ」という、16声部の厚ぼったい曲が「歪み」グループだったのは、つくづく不幸なことでした。冒頭から重なり合った女声が異様な「うなり」を発生させているものですから、もうそれだけで聴き続ける意欲をなくしてしまいそうになりました。さっきのクリードのCDを聴き直してみたら、女声はもっと伸びやかな響きでしたから。しかし、音はひどいものの演奏自体は、このクリード盤に比べるとずいぶん柔らかさが感じられたので、もう1度きちんと聴いてみると、確かに音楽の作り方が全く違っていることに気づきます。ダイクストラの場合は、決して力で押し切るのではなく、シュトラウス独特の絡まったパーツを、一つ一つていねいに解きほぐして、それぞれにきちんとした意味を持たせるという根気の要る作業を行っていたのですね。その結果、シュトラウスのオーケストラ作品やオペラが持っている多層的な美しさと同じものが、しっかりにじみ出してきているのです。もう一つの大曲「讃歌」も、後半に出てくるポリフォニーなどでは、特に男声パートのしなやかさが、作品に確かな魅力を与えていました。
「すっきり」グループの「リュッケルトの詩による3つの男声合唱曲」は、ですからまさに録音、演奏とも完璧な仕上がりです。前の2曲ほどの重みはないものの、男声ならではの楽しさが存分に味わえますよ。
ところが、ワーグナーやマーラーになると、同じような丹念な音楽の作り方だけではなにか足らないものを感じてしまうのですね。ある種の「いやらしさ」につながるちょっと不健康な要素が欠けているのです。ワーグナー(もちろん、クリトゥス・ゴットヴァルトの編曲です)の「温室にて」での半音進行など、もっともっとドロドロしていて欲しいものですし、マーラーの「私はこの世に捨てられて」だって、クリード盤や、もちろんベルニウス盤では確かに味わえたはずの屈折感が、まるでありません。ダイクストラくんには、無精ヒゲを生やす前にもっと別の「汚れ」を経験することが必要なのかもしれませんね。

CD Artwork © BRmedia Service GmbH
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by jurassic_oyaji | 2012-03-20 20:15 | 合唱 | Comments(0)