おやぢの部屋2
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GRAUPNER/Passionskantaten
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Hans Michael Beuerle/
Anton-Webern-Chor
aensemble Concerto Grosso
CARUS/83.457




あのバッハより2年前、1683年に生まれ、10年後、1760年に亡くなったという、まさにバッハの生涯を完全に包み込んでその一生を終えたドイツの作曲家クリストフ・グラウプナーは、ほとんどの時期をダルムシュタットの宮廷楽長として過ごしました。とは言っても、彼はかつてはバッハ以上に忘れ去られた作曲家、彼が唯一音楽史に登場したのは、そのバッハとともに同じポストを争った人物としてなのですからね。1722年にヨハン・クーナウが亡くなったために空席となったライプツィヒの聖トマス教会のカントルに、その翌年にバッハは就任したのですが、その選考の際の候補者がテレマンと、このグラウプナーだったのですね。
そもそもは、そのトマス教会でクーナウに音楽の才能を認められ、親しく教えを授けられたのがキャリアのスタートだったグラウプナーは、後にハンブルクのオペラハウスからダルムシュタットの宮廷楽団とその活動の場を移し、生涯に膨大な量の作品を残します。ところが、作曲家の没後は、それらの作品はすべて遺族ではなく、雇い主の所有物となってしまうのです。自筆稿はダルムシュタットの城の中にしまいこまれ、出版されることもなく300年近くもの間人目につかない状態にあったのです。当然、彼の作った音楽は世の中からは忘れ去られてしまいました。
しかし、もしかしたら、作曲家にとってはこれはかなり幸福な状況だったのかもしれません。なにしろ、すべての作品が散逸されることなく、見事に保存されていたのですからね。しかも、これらが「発見」されたのは、昔の作品は作られた当時のままに出来る限り近づける演奏を心がけるべく、楽器や奏法に関する研究が進んでいた時代でしたから、バッハのように全く見当はずれな演奏様式にさらされることもありませんでした。さらに、一次資料も揃っているのですから、作品目録を作る作業も、おそらくそんなに困難は伴わなかったのではないでしょうか。2005年には、Carus出版から、オスヴァルト・ビルとクリストフ・グロースピーチュの編纂に寄る「グラウプナー作品目録(GWV)」も出版されています。
その目録によれば、グラウプナーの作品は全部で2000曲という膨大な数に上っていることが分かります。ジャンルは多岐にわたり、オペラからシンフォニア、協奏曲、室内楽、独奏曲、そして多くの宗教曲が作られています。その中でも、教会の礼拝に用いられる「カンタータ」は、1400曲以上あるのですから、バッハの比ではありません。「GWV」では、カンタータを、それが演奏された教会暦と、上演年を組み合わせて、番号を付けています。たとえば、すべてが世界初録音のこのCDの最後に入っている「Mein Gott! Mein Gott! Warum hast Du mich verlassen?」は「GWV1127/31」という番号が与えられていますが、「1127」は「聖金曜日」を、そして「31」はそれが上演された1731年をあらわしています。
このカンタータは、合唱、バスのレシタティーヴォ、バスのアリア、コラール、テノールのレシタティーヴォ、アルトとテノールのデュエット・アリア、バスのレシタティーヴォ、コラールの8曲から出来ています。2つのコラールは、どちらもバッハの「マタイ」で何度も使われているお馴染みの「あの曲」なのですが、その飾り方がバッハとはずいぶん違っています。さらに、デュエット(カンタータだけでなくすべての自筆稿が、このようにネットで簡単に見られるようになっています)のイントロでは、3小節目から4小節目にかけて「副Vの和音」を用いた斬新なコード進行に驚かされます。これは、中島みゆきが「時代」のサビ「♪今日は分かれた恋人たちも」という部分で使ったコード進行と同じですね。もちろん、バッハでこんなものにお目にかかったことはありません。
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なんたって、カンタータだけでも、まだ聴いたことのない「名曲」が1400曲もあるのですよ。それらが、順次録音されて行くのだと思うと、あまりのうれしさで気が遠くなりそう。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2012-05-19 20:31 | 合唱 | Comments(0)