Christopher Bowers-Broadbent(Org)
NYYD Quartet
Paul Hillier/
Theatre of Voices
Ars Nova Copenhagen
HARMONIA MUNDI/HMU 807553(hybrid SACD)
ペルト、というか、エストニアという国そのものに強いシンパシーを注いできたポール・ヒリアーは、エストニアの合唱団とのつながりこそなくなってしまったものの、コペンハーゲンに本拠地を移した今も、ペルトのスペシャリストであり続けています。今回の新録音は、
2010年にコペンハーゲンで行われたもの、現在の彼の合唱団、「アルス・ノヴァ・コペンハーゲン」を中心とした小規模な合唱曲あるいはソロ・ピースと、弦楽四重奏による室内楽という、バラエティに富んだレパートリーが用意されていました。
合唱のクレジットはもう一つ、「シアター・オブ・ヴォイセズ」という、ヒリアー自身もメンバーとして名を連ねている団体もあります。その2つの「団体」は、曲ごとにそれぞれに単独で歌ったり、「合同演奏」をしたりという、まるで「ジョイント・コンサート」のような様相を呈しているかのように見えます。一応、今回のメンバー表によれば「
ToV」の歌手は5人、「
ANC」は
16人ですから、「合同演奏」の時には「
21人」になるのだ、とか。ただ、ここでは「
ToV」のメンバーのうちの3人が「
ANC」も掛け持ちしていますから、本当は「
18人」しかいないんですよね。というか、
1998年にやはりペルトの曲を録音した時には、「
ToV」のメンバーは
24人もいたのですからね。そもそも、この団体は「合唱団」という固定的なものではなく、ヒリアーを中心にしたある種のプロジェクトなのでしょう。
ここでは、「
Veni creator」、「
The Deer's Cry」、「
Morning Star」といった、ペルトの最新作が聴けるのが一つの魅力なのでしょう。しかし、もはやどっぷりと「後ろ」を向いてしまった作風が定着したかに見えるペルトの、いかにも「合唱曲」然としたノーテンキな曲には、ほとんどなんの価値も見いだせなくなってしまっているのは、悲しいことです。こんなものは、別にペルトでなくても構わないのでは、という思いですね。
そんな中で、何曲か「改訂」が行われている作品に、興味がわきました。まずは、「
Solfeggio」という、文字通り「ソルフェージュ」をテーマにした
1963年の作品です。チーズじゃないですよ(それは「
フロマージュ」)。
2005年にリリースされた「
70歳記念アルバム」(
HMU 907407)で、「大人数」だった頃の「
ToV」による演奏で、その改訂前の「合唱曲」が聴けますが、それは「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」という7つの音を、そういう歌詞で歌うというだけの曲でした。4つのパートがどこかの音で伸ばしている間に、ほかのパートが続けて歌う中で生まれる不思議なクラスターが、なかなかの味を出していたものです。それを、
2008年に弦楽四重奏のために書き直したものが、ここでは演奏されています。歌詞が無くなっただけで、その「前衛的」な響きがただの「ヒーリング」に変わるのを見るのは、ある意味スリリングです。「
Psalom」は
1985年に作られた時から、弦楽四重奏と弦楽合奏の2つのバージョンがありましたが、
ECM(
449 810-2)の弦楽合奏版と聴き比べると、まるで別の曲のようです。
このアルバムのメイン、
1985年の「
Stabat Mater」にしても、
2008年にもっと
大きな編成に書き直されたものをすでに聴いていれば、どちらがよりペルトらしいかを味わうこともできるはずです。
2000年の「
My heart's in the highlands」という曲は、「ヒーリング」にしておくにはもったいないユニークなフォルムを持っていました。それは、バッハの「パッサカリア」風のオルガンに乗って、ソプラノ・ソロが「ワン・ノート・サンバ」みたいに「単音」のメロディを延々と歌う、というものです。実際は、
F→
A♭→
C→
A♭→
Fという、「ヘ短調」の3つの音の中で、上昇と下降を行うため、「5つの単音」が歌われています。まさに、メロディの原点ですね。ヒリアー自身のライナーノーツでは「ヘ短調」が「ヘ長調」となっているのは、単なる勘違いだと思いたいものです。
SACD Artwork © Harmonia Mundi USA