おやぢの部屋2
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SCHUBERT/ Lieder
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Dietrich Fischer-Dieskau(Bar)
Gerald Moore, Karl Engel(Pf)
EMI/55969 2(hybrid SACD)




ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウが亡くなりましたね。物心ついたころから彼の演奏は聴いていましたが、他のどんな「歌手」とも異なるとびっきりの個性を、直感的に感じていたような気がします。いや、それもそうですが、何よりもラスト・ネームが「フィッシャー=ディースカウ」という長ったらしいものだったことに、強いインパクトを与えられたものでした。後に、このように父方と母方の両方の姓を名乗ることも外国ではあることを知って、文化の違いを強く感じることになる名前でしたね。
ちょうど、「新譜」として、EMIでの4枚のアルバムがSACDになっているものが出ていたので、それを聴いて故人をしのぐことにしましょうか。もちろん、入手したSACDは輸入盤の「Signature Collection」という、演奏家のサインがデザインされている4枚組の豪華セットなのに、2000円ちょっとで買えるアイテムです。全く同じものが、国内盤だと1枚だけで3000円、4枚買えば12000円もするのですからね。ほんと、日本のメーカーは、いまどきこんなぼったくりの商売が通用するとでも思っているのでしょうか。
この4枚のアルバムは、「Schubert Lieder Recital」というタイトルで「1」から「4」までリリースされたものです。それがそのまま、編集なしで4枚のSACDになっているのがうれしいところです。それぞれのアルバムは、1枚ごとに微妙にコンディションが違っていますから、このようにしっかりオリジナル通りの形にするのは、最低の良心でしょう。1955年から1959年にかけて録音されたもので、最後に録音された「3」だけがステレオ、それ以外はモノです。「1」はロンドンのEMIスタジオ(のちの「アビーロード・スタジオ」)で、ウォルター・レッグのプロデュースで録音されていますが、「2」以降はドイツの会場(市役所?)で、ドイツ人のスタッフが手がけています。
「1」は、アビーロード・スタジオとは言っても、オーケストラの録音に使えるスタジオ1や、ビートルズが使ったことで有名なスタジオ2ではなく、一番狭いスタジオ3での録音ですし、1955年ごろのモノですから、そもそも広がりのようなものは期待できませんが、その分なんの色付けもされていない生々しい音が味わえます。そういう環境で録音されたフィッシャー=ディースカウの声は、まるで耳のすぐそばで歌っているようなリアリティがあります。それこそ、口の開け方や息の使い方まで分かるような迫力、これは、間違いなくSACDだからこそ気づかされるものです。CDレイヤーで聴いてみると、それはただの「古めかしい録音」にしか聴こえず、マスターテープには確かに入っている「気迫」のようなものがかなり希薄になっていることがわかるはずです。
「2」になると、録音会場の違いでしょうか、ピアノも声もガラリと変わったものになります。さらにヌケが良くなって、自然なアンビエンスで迫ってきます。ただ、ステレオの「3」よりも、モノの「2」、「4」の方が、音に密度が感じられるのはなぜでしょう。1959年と言えば、DECCAなどではもうステレオのノウハウは確立されていましたが、EMIは一歩出遅れていたことが、こういう録音からも分かります。
しかし、この「3」は全作シラーの詩によるバラードという、とても意欲的な選曲が光ります。最後の「水に潜るもの」などは1曲演奏するだけで24分もかかるという大曲ですから、全部で5曲しか入っていませんが、ここだけで弾いているカール・エンゲルのキレの良いピアノと相まって、そんな珍しい曲に確かな命が吹き込まれています。他のアルバムでのピアニスト、ジェラルド・ムーアは、確かに「味」はありますが、フィッシャー=ディースカウの足を引っ張っているようなところも見受けられます。「4」に入っている「魔王」などは、かなり・・・。
とは言っても、フィッシャー=ディースカウの表現力の豊かさには、改めて圧倒されてしまいます。

SACD Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-06-06 20:10 | 歌曲 | Comments(0)